2008年5月22日木曜日

Thanks! ~ある女優の物語~

登場人物
吉田美鈴 ベテラン女優 恭香
紅谷さくら 若手女優 小夜子
木村正次郎 自称発明家 富士河千之介
白井明美 映画監督 古橋いつか
墨田敬三 探偵 きつな
山本直子 美鈴のマネージャー 西郷久美子







スタッフ
作・演出:富士河千之介
照明:渡辺りょうすけ
音響効果:大崎ヒロコージ
舞台:森憲吾
情報宣伝:小夜子(フライヤー)
富士河千之介(ポスター)

制作3man Office制作本部
  「Thanks!」パートナーズ

芝居の前に・・・
 人は死ぬと、また生まれ変わるという。
 僕はそれをずっと信じている。
 
 ここは天国である。
 天国はただただ、だだっぴろい。
 下界の世界なんて比べ物にならないくらいの広さがある
 東京ドームなんて何個入ったらこの大きさを人に伝えてもいいようになるだろうか?。
 そこの端の端っこ。
そこに、生まれ変わりの茶屋といわれる場所はあった。

 ひとりの女性がやってくる。
 吉田美鈴。
 生前は女優だった。
 数々の映画に出演し、晩年は五歳年下の旦那と伊豆の家で優雅に暮らした。
彼女は八十まで生きて、肺がんで死んだ
 そして彼女は天国で二五の姿でいることを望み、天国での暮らしを満喫した。
 ある日、彼女はエンマ様に呼ばれて、そろそろ下界に行くようにといわれた。
 エンマ様の命令は絶対である。
 彼女にある思いがあった。
でも、命令に従うことにした。
 そして今日はその日。
 下界はクリスマスイブ
 彼女は言われたとおりこの茶屋に来た。
 
 このあと、あんなことがなければ、彼女はひょっとしたら茶屋からひきかえしていたかもしれない。

だが、そうはならなかった。

もうすぐ彼女は下界に降りる
 もうすぐ、吉田美鈴であることを忘れていく。
ある女性の身体に入り、また下界で吉田美鈴ではない別人として生きていくことになる。
 

生まれ変わり。
 
僕はそれをずっと信じている。






序章 しのぶ会
 突然響く声
「本日はお忙しい中お集まりりいただきましてまことにありがとうございます。ただいまより『吉田美鈴をしのぶ会』を執り行いたいと思います・・・それでは参列の皆様ご起立願います。・・・
黙祷!」
 明転
 二人の女性が入ってくる
 喪服姿の白井と山本である。
 ふたりは公園のベンチがあるのを見つけると、身体を重そうにそこに座る
 白井、かばんから小さな水筒を取り出すと、コップにお茶をついで、
白井「(山本に)どうぞ」
山本「あら」
白井「あたし特製のブレンド紅茶」
山本「・・・いつもいつも・・・」
白井「どうってことないですよ」
山本「ありがとうございます」
白井「朝入れてこんな時間だから、渋いかもしれないけど」
山本「ごちそうになります」
 山本、コップを受け取り、口をつける
山本「熱っ!」
 山本あわてて、コップを離す
白井「ご、ごめんね」
山本「いやいや、思ったよりも熱かったもんだから」
白井「ごめんなさい、あたしが最初に飲めばよかったものを」
山本「いいのいいの。あたしがあわてんぼうなばっかりに・・・あ、そうだ・・・」
 山本、かばんから薬を出す
 そしていざ飲もうとして薬の粒を見てため息をつく
白井「どこか、悪いの?」
山本「(軽く笑って)若いころからずっと(そういいながら、心臓を指差す)・・・」
白井「心臓?」
山本「・・・ええ」
白井「よくやってこれましたね!」
山本「(苦笑いしながら、薬を一気に口にほうりこむ。そしてお茶で飲み込む)」
白井「大丈夫ですか?」
山本「夕べは打ち合わせとかで薬飲む暇もなくて」
白井「そんな・・・」
山本「それが仕事ですから・・・」
白井「そんなことばっかりいって・・・」
山本「(遠い空を見つめながら)天国行ってもまた美鈴さんにダメだしされるだけだから・・・ぜんぜん怖くないんです」
白井「・・・」
山本「・・・」
白井「でも、あんなに人がいっぱい来るとは思いませんでしたね」
山本「友達はたくさんいらっしゃいましたから」
白井「美鈴さんも、喜んでるかしら・・・」
山本「・・・どうなんでしょうね・・・」
白井「?」
山本「今日の会は・・・ほんとは今年の夏にやる予定だったんです」
白井「え・・・」
山本「あたしの手配が遅れた上に社長まで亡くなっちゃって・・・」
白井「重なったんですね」
山本「ええ」
白井「でも今日でよかったじゃないですか。命日も近いし」
山本「世間がクリスマスで明るい雰囲気なのに・・・」
白井「え」
山本「あたしは、この日本に暗い話題を提供しちゃったんじゃないかって・・・」
白井「そんなことないですって」
山本「思い出なんて・・・すぐに忘れていくもんだから・・・」
白井「・・・」
山本「・・・すいません。最近ますます悪いことばかり考えちゃうようで」
白井「山本さん」
山本「?」
白井「運命ってなんだと思います?」
山本「・・・」
白井「あたしと美鈴さんと、山本さんをつないでくれたのはあの映画ですよね?」
山本「『冬の雨』」・・・」
白井「ええ」
山本「あの映画は・・・あたしと・・・美鈴さんを大きく変えました」
白井「・・・ええ」
山本「あのころは・・・??????(突然胸のあたりに違和感を覚える)
白井「・・・?」
 山本、目をおもいきり見開きながら、左手で力強く白井の腕をつかむ
白井「!・・・山本さん?」
山本「(苦悶の表情)」
白井「え?・・・どうしたの?・・・」
山本「(自分の左胸を震えながら指をさし)」
白井「!」

 山本、そのまま、地面に倒れこむ
 白井、ずっと山本の名を呼ぶ
 暗転



第一章 天国の茶屋
 暗転中、白井の声とかぶるように、もうひとりの女性の声が大きくなっていく
女性「なおちゃん」
 それはだんだんと重なってくる
女性「なおちゃん・・・なおちゃん・・・なおちゃん・・・」
 だんだん明るくなっていく舞台。
 そして山本は、呼ばれる声のまま、顔をゆっくりあげる
 
寒くない
 
むしろ、暖かい空気だ。先ほどまでとはまるで違う
 いい香りがする
 その香り・・・
 なんだか昔にたくさんかいだような気がする
 懐かしくて、厳しくて、泣いた日もあれば、笑った日もある・・・
 そんな香り。
 その香りをもっと嗅ごうとして、ゆっくり顔を上げてみると・・・
吉田「いらっしゃい。」
山本「!」
 そこには、二五歳の姿の吉田美鈴がいた
吉田「(起き上がった山本に安心して離れながら)おひさしぶり」
山本「み・・・美鈴さん!」
吉田「(びっくりする山本にかまわず)青鬼に聞いてきたんだけどさ、なおちゃんエンマさんとこでもぼけーっとしてたんだって。」
山本「は・・・はい?」
吉田「よっぽどすごかったんだろうね?心臓」
山本「あ・・・あの・・・」
吉田「(しゃがんで山本の目をのぞきこみながら)ずっと見ていたんだよ」
山本「ずっ・・・と・・・?」
吉田「なおちゃんのこと」
山本「・・・」
吉田「ずっと。」
山本「は・・・はい?」
吉田「(周りを見渡しながら)ここはどこだと思う?」
山本「・・・」
吉田「死んだはずの吉田美鈴が目の前にいる。ああ、これは夢か幻か?あるいは」
山本「(さえぎるように)ま、まさか」
吉田「(振り返って)それ!」
山本「!」
吉田「・・・だったりして?」
 吉田は笑っている
吉田「ゆっくり、左の胸、さわってみ?」
 山本、左胸を触ってみる
山本「(びっくりして目を丸くする)」
 山本、あわてて右手の脈を見る
 そしてこんどは頚動脈を見ようとする
吉田「やめときな。」
山本「!」
吉田「落ち着くまで時間ほしいかい?」
山本「・・・」
吉田「ようこそ、天国へ。」
 吉田、彼女の肩に手をおいて諭す
吉田「ま、なおちゃんの働き先紹介してやっただけでもうれしく思って。」
山本「は・・・働き先?」
吉田「自分がもう死んだっていうことをわからないといつまでも化けて出ちゃう。」
山本「ゆ、幽霊ですか!」
吉田「なりたくないでしょ?あんなのに」
山本「ええ」
吉田「出たところでテレビの再現ドラマになったときにはいつでも、髪が長くて白い女になってる。全部同じ」
山本「あたしも髪が長いんですが」
吉田「あら?ならちょうどいいかしら?」
山本「い、いやです」
吉田「なら、せいいっぱい働こう」
山本「は、はい」
吉田「働いてりゃ忘れたころに生まれ変われる」
山本「はあ」
吉田「あたしの場合はなんだか特別らしいんだけどね。」
山本「?」
吉田「昨日、急にえんま様に呼び出しくらっちゃってね。お前、明日から行って来いだなんて」
山本「・・・」
吉田「(下をのぞきこんで)あっちのあの世界には、あたしほどの女優がいないのかねえ」
山本「・・・そうかもしれません」
吉田「?」
山本「・・・そうだと思います」
吉田「・・・そうかい・・・」
山本「(吉田を見る)」
吉田「・・・?、なにぼっとしてんだい?」
山本「え」
吉田「あたし、ここの客人なんだけど?」
山本「え!?あ、はいはい」
 山本、急いで厨房らしきところに入ってく
吉田「なおちゃんあたしの付き人する前、喫茶店で働いてたでしょ?」
 山本、とりあえず、急いで厨房から茶を盆にのせて持ってくる
山本「ええ・・・」
 山本、極端にがたがた震えながら持ってくる
山本「ど、どうぞ」
吉田「手、ぶるぶるね」
山本「すいません!」
吉田「ここなら昔とった杵柄ってやつ生かせると思ったんだけどなあ」
山本「・・・はあ」
吉田「でも、しっかり、あんときの体に戻ってきてんじゃない?」
山本「?」
吉田「心臓は動いてないかもしれんけど、腰とかひざとか、ぜんっぜん、痛くないでしょ?」 
 山本、言われてあわててひざとか関節をまげたり触ったりしてみる
山本「・・・ほんとだ・・・痛くない」
吉田「ここはなおちゃんが一番輝いていた時代ですごせる・・・あんたは・・・二四のときだって」
山本「に・・・二四」
吉田「あたしはだんぜん二五」
山本「!」
吉田「どうしたの?」
山本「あのときじゃないですか!」
吉田「あのとき?」
山本「あのときですよ」
吉田「あのとき・・・ああ・・・」
 吉田、茶菓子を一口食べる
吉田「思い出した」
山本「え」
吉田「あ~あ。余計なこと思い出しちゃったなあ」
山本「・・・すいません」
吉田「あたしの二五は・・・そうか・・・なんだかんだいって、あのときなんだ・・・」
 吉田、遠い目で見る
山本「あたし、ずっと美鈴さんに聞きたかったことがあるんです」
吉田「ん」
山本「あの日のせいで・・・人生変わりましたか?」
吉田「・・・」
山本「あたしが美鈴さんに」
吉田「(さえぎって)変わった・・・」
山本「・・・」
吉田「変わったねえ」
山本「美鈴さん・・・」
吉田「がらっと・・・変わった」
山本「・・・」
吉田「あたしがもっと輝いていたときは、あんな日が来るとは思わなかった。もし来たとしても、あたしやなおちゃんとかの力でなんとかなると思ってた」
山本「・・・」
吉田「でも現実は、あたしたちだけじゃどうにもならないくらいに上からかぶさってきた。それをはねのけるほど、あたしは強くなかった」
山本「・・・」
吉田「人は生きているだけで、他人にいいことも悪いことも与える。あの娘があたしたちと同じ時代に生きたからこそ、その影響をまん前から受けたのかもね」
山本「・・・」
吉田「紅谷さくら」
山本「あの日の・・・もうひとりの役者」
吉田「忘れたくても、忘れられない名前だね」
山本「ええ」
吉田「あたしは死ぬとき、ベッドの中で決めたことがある」
山本「・・・」
吉田「もし今度生まれ変わったとしても、女優なんてものにはならないでおこう」
山本「・・・」
吉田「ひとりの女優としてあの世界に入ったからには、死ぬまで主役をずっとやるってのは夢だったんだよ」
山本「・・・」
吉田「あの日に・・・戻ってみようか」
山本「え」
吉田「生まれ変わるこの際だからさ、こうなったらもう一度あのときをあたしの心に映したいんだ」
山本「そんなことしたら」
吉田「え?」
山本「そんなことしたら、またいやな思い出を心に刻み付けることになりますよ」
吉田「いいよ」
山本「え」
吉田「かまわない。」
山本「でも」
吉田「もう一度しっかり見てやろうじゃないの。案外、いやな思い出でもないかもしれないよ」
山本「人生を変えた日ですよ」
吉田「だからこそ・・・見たい」
山本「・・・」
吉田「あのとき、あたしがなにを思ったか。なおちゃんがどう動いたのか。そして紅谷さくらのあの姿・・・」
山本「・・・」
吉田「ちょっとこっち来て」
 吉田、山本を手招きする
 山本、吉田のそばに行く
 吉田、山本の右手を自分の左手で取り
天高く突き出す
山本「美鈴さん!」
吉田「思い出して」
山本「え」
吉田「行くよ・・・あの日に・・・」
 音楽が流れる中、
 舞台に若かりし白井と紅谷が現れる
 暗転




第二章 女優と女優の出会い
 暗転を引き裂く大きな声
白井「よーい!アクション!」
 響き渡るカチンコ
明転
 ここは映画スタジオである
 時間は朝五時。
 撮影は昨夜の夕方五時からスタートしている
 すでに十二時間経過していて、現場は極限状態になっている。
 本番。
ひとりの女優が窓辺にたたずんでいる
 おどおどしながら後ろを振り向く
 紅谷だ
 紅谷は不安げな表情で、演じ続ける
紅谷「(映画のせりふを棒読みで)ああ、こうすけさま・・・」
 紅谷、ナンバ歩きで舞台を横切る
紅谷「(同じく映画のせりふ)このばしょにきてくださるといったのに、あのひとはあたしよりもせんそうをとったのかしら・・・」
 そしてわざとらしく泣く・・・
白井「(絶叫)カッツ!(カットのこと)」
 響き渡るカチンコ
 すると
 いろんなもんが紅谷のもとに罵声とともに投げ込まれてくる
音響「そろそろ帰りたいんだけど」
照明「こんな役者で大丈夫なの?」
舞台「いいかげんにしろよな!」
音響「今何時だと思ってるんだ!」
 白井が飛び出してくる
 そして、紅谷の回りに散らばったものをかたづけている
 紅谷、それを見ながら
紅谷「す・・・すいません」
白井「(気にせず片付ける)」
紅谷「あ、あの・・・」
白井「大丈夫?」
紅谷「はい?」
白井「けがはないですか?」
紅谷「あ、大丈夫・・・です」
白井「(スタッフたちのいた方向を見て)何時間でも粘ってみせますよ」
紅谷「は・・・はい」
白井「・・・でもね」
紅谷「はい」
白井「さすがに・・・(腕時計を見て)朝五時になるとは・・・」
紅谷「す、すいません!」
白井「テイクいくつだったか忘れてしまいました」
紅谷「テイク六一だったと・・・」
白井「よく覚えていますね」
紅谷「はあ」
白井「演技とは関係ないものばかり覚えてるんすね」
紅谷「!」
白井「いいですかいいですか?この映画の名前はなんですか?」
紅谷「ふ、『冬の雨』・・・」
白井「そうですよね」
紅谷「あ、はい」
白井「ヒロインの名前は」
紅谷「あ・・・はい」
白井「はいじゃなくて」
紅谷「あ、と、と・・・」
白井「とめ子」
紅谷「とめ子」
白井「そう」
紅谷「監督」
白井「はい?」
紅谷「ひ、ヒロインで、と、とめ子って名前はどうかと思うんですけど」
白井「とめ子はずっと待ってるんです」
紅谷「質問は流されましたか」
白井「戦争で死んいる幸助さんを生きていると思ってずっと待ってるんです」
紅谷「あ、はいはい」
白井「そのときの思いですよ!」
紅谷「思い・・・」
白井「思いをどーんとカメラの前に、いやカメラを通り越してスクリーンの奥にいるお客さんたちのところまで出さなきゃならないんです」
紅谷「あの」
白井「はい?」
紅谷「そのためには・・・もっと大きな声で話したりしたらいいんですか?」
白井「・・・」
紅谷「(台本を持ちながら)ここのところをもっと強く言ったりとか」
白井「さくらさん」
紅谷「さっきのような歩き方とかじゃ感情ってわかってもらえないですかねえ」
白井「さくらさん!」
紅谷「・・・はい」
白井「せりふを強く言ったりとか、歩き方を変えたりとかそんなんじゃないんです」
紅谷「・・・」
白井「技術じゃ、お客さんはあなたを見切ります」
紅谷「・・・」
 助監督から声がかかる
助監督「監督」
白井「はい」
助監督「お話は・・・終わりましたか」
白井「(時計を見ながら)・・・ああ、ええ」
助監督「次のテイクそろそろ行きましょう」
白井「わかりました」
助監督「(ハケながら)はいそれではテイク六二行きマース!」
 助監督ハケる
 白井、ハケる背中を見送ってからすばやく紅谷のところへ行こうとする
  紅谷、そばにあった水筒を持ち出し一気に水を飲む
白井「(それを見てびっくり)」
紅谷「(その白井の顔を見てびっくり)」
白井「そんなに飲んだら・・・あーあー・・・」
紅谷「すいません、すいません」
白井「(大丈夫なのかよという表情)」
紅谷「(なにかをいいたげ・・・)」
白井「(それを知ってか知らぬか)それではよーい!アクション!」
 再びカチンコ
紅谷「(映画のせりふを棒読みで)ああ、こないのね・・・」
 紅谷、なにわ歩きで舞台を横切る
紅谷「(同じく映画のせりふ)このばしょにきてくださるといったのに、あのひとは(ここでそのままかたまって)・・・ゲップ!」
白井「(絶叫)カッツ」
 カチンコ
 スタッフ一気に罵声をあびせる
双方からメガホンとか雑巾とかが投げ込まれる
白井「ああ!もう、さくらさ~ん・・・」
紅谷「(いろんなものにあたっている)ご・・・ごめんなさい」
白井「水飲みすぎなんですよ!」
紅谷「すいません!」
白井「あやまるのは聞きあきました!」
紅谷「はい!」
白井「さくらさん」
紅谷「(さきほどの立ち位置に立ち)はい」
白井「心なんですよ!」
紅谷「・・・」
白井「心が見えていないんです」
紅谷「心・・・」
白井「中身がない。とめ子としてにじみ出るものがないんです」
紅谷「・・・」
白井「うわっつらだけなら子供でも演技できます」
紅谷「・・・」
白井「子供じゃない演技を見せてください。それと・・・」
白井、セットの陰に紅谷を連れて行き
白井「美鈴さんがそろそろいらっしゃいます」
紅谷「はい」
白井「さくらさんは美鈴さんとお会いするの、今日が最初ですよね」
紅谷「ええ」
白井「美鈴さんが来る・・・その意味をわかってらっしゃいますか」
紅谷「意味?」
白井「ええ」
紅谷「意味なんかあるんですか?」
白井「そうです」
紅谷「意味はわかんないけど、あたし美鈴さんのこと好きですよ」
白井「好き?」
紅谷「はい」
白井「好きなだけじゃ、なにもならないんです」
紅谷「はあ」
白井「今の意見は一般人的発想です」
紅谷「そんなことないです」
白井「あなたは本当の美鈴さんを知らない」
紅谷「本当の?」
白井「あなたも芸能人の端くれならこれから目の当たりにすることを深く感じ取るといいです」
紅谷「・・・」
白井「一般人じゃわからない吉田美鈴・・・」
紅谷「・・・」
 そのとき
助監督「(絶叫)美鈴さん入られます!」
紅谷「!」
白井「・・・あなたはこの業界の人としてふるいにかけられます」
 ハケ口から、貫禄充分で吉田と山本登場。
 白井、すぐに紅谷のもとに駆け寄る
白井「おはようございます!」
吉田「(まわりをにらみつけてから突然転換、にっこり)おはようございます」
白井「こんなに朝早くありがとうございます」
吉田「大丈夫です」
白井「『冬の雨』あたしの初監督作品に、吉田美鈴という大女優が出てくださるというのは、あたくしとしても夢のようでございます」
吉田「大女優だなんて」
白井「せいいっぱい、カメラ回します!よろしくお願いいたします」
吉田「あたしも(コートを脱ぎながら)初心に帰ってがんばるつもりです」
白井「はい!」
吉田「(キッと白井をみつめて)・・・初の脇役作品ですから」
白井「!」
 硬直する白井
一気に現場に緊張の糸が張り詰める
吉田、コートを山本に渡す
 そばで見ていた紅谷、白井に近寄る
紅谷「かっこいいですね・・・」
白井「(馬鹿!)」
 それを割って入るように
山本「おはようございます、監督。」
白井「あ、これは山本さんおはようございます」
山本「準備のほうはいかがでしょうか」
白井「あ、まあ・・・どんな感じと申しましょうか・・・」
山本「?」
白井「はい・・・さっそくなんですが・・・」
吉田「(準備していたそばから振り向いて)あたしのシーンかしら」
白井「あ、あー、その・・・」
山本「(吉田よりも前に出て)進行さんと先ほど打ち合わせしましたところ、すぐにでも大丈夫だと(聞いておりますが)」
白井「(発狂)それどころじゃありません!」
山本「え」
白井「?・・・ああ、ああ、取り乱してしまいました」
山本「はいはい」
白井「どうも進行のおばさんは・・・あたしのような新米のやりかたが気に入らないらしくて」
山本「業界の洗礼みたいなもんです」
白井「はい。それはともかく・・・」
山本「行きましょう」
白井「あ、あの」
山本「美鈴さん、お願いします」
吉田「はい、お願いします」
白井「あ、その」
山本「(無視して白井に)お願いします」
白井「あ、はい」
吉田、やる気満々で行く
白井「ちょ、ちょーっと待ってください!」
 吉田、スタッフや紅谷たちの前に立つ
吉田「お願いします」
助監督「はい、それでは『冬の雨』光代夫人役の吉田美鈴さんからごあいさつです」
 全員、拍手
 白井、止めようか止めないか迷っている 
 おかまいなしに吉田
吉田「えー、皆さんおはようございます。吉田美鈴です」
 一同拍手
吉田「この作品に参加できて大変うれしく思っております。
十代のときにこの世界に入って、ずっと心に誓ったことがあります。
それは、どの作品でも必ず主役を狙うということ。
主役は物語の中心。見る人すべてが必ず見なくてはならない、そんな役だからです。
すべての心に、あたしの演技が残ってもらえたら、そしてあたしの演技で何かを感じ取ってもらえたら、これほどうれしいことはありません。
あたしは昨日まで舞台、映画、ラジオすべてにおいて主役でした。例外は一切ありません。
福島社長からこのお話が入るまでは・・・。」
 吉田、全員を見回す
吉田「隠し事したり、思ってることをいえないのは、しゃくにさわるので思い切っていいます。
  あたしはこの役をやる気が、まったくない」
 全員凍りつく
吉田「ないなら出るなというんであれば、すぐにでも帰ります。」
 そのとき
紅谷「帰ってください」
 全員ビックりして振り向く
吉田「!」
紅谷「この挨拶はなんですか?」
吉田「・・・」
紅谷「あたしは・・・あなたのことが好きだった。憧れだった。」
吉田「・・・」
紅谷「監督にもさっき少し話したんです。あたしは美鈴さんとやれて本当に光栄です。でもそんな人が、こんな挨拶する人だったなんて・・・」
白井「(やめなさい、それ以上言うのは)」
紅谷「ショックです」
吉田「・・・」
 吉田は、つかつかと紅谷のほうへ行く
吉田「あなた、お名前は」
紅谷「べ、紅谷・・・さくらです」
吉田「音声さんか何かかしら」
紅谷「・・・と・・・とめ子役です」
吉田「とめ子?」
 吉田、台本に目を通す
吉田「あなたが、主役・・・」
紅谷「はい」
 吉田、紅谷の顔をじっとにらみながら
吉田「帰るもんですか」
紅谷「!」
吉田「社長の顔に傷がつく。経験は長いけど、あたしも大の大人ですから。そこまではしません。頼まれた以上は、思い切ってやります。」
紅谷「・・・」
 そしてまたもとの立ち位置に戻ると
吉田「(一転笑顔で)クランクアップまでよろしくお願いします!」
 一瞬の静寂
 一気に拍手
 固まったままの紅谷
吉田、さっそうと歩いていこうとする
 そのとき
白井「美鈴さん!」
吉田「(いきかけた足を止めて)え」
白井「ま、まだ撮りきれていないシーンがありまして」
吉田「へえ」
白井「その・・・(紅谷をちらりと見る)」
吉田「はっきりどうぞ」
白井「は、はい!」
紅谷「(びくびく)」
白井「し、主役のシーン三が撮りきれておりません」
吉田「・・・」
白井「テイク六三です・・・」
吉田「・・・」
白井「(土下座)」
 吉田、白井の土下座を見る
 そして
吉田「監督」
白井「はい!」
吉田「シーンが撮りきれるまで・・・ひょっとして、待ち?」
白井「ご無礼はもちろん承知です」
山本「かなり無礼」
白井「が、しかし、妥協したくないのです」
吉田「妥協ねえ」
白井「美鈴さんが今までの作品を大切に演じてきていらっしゃったのと同じように、あたしもこれが一生に一度の作品なんです。こだわりたいのです。」
吉田「こんなへぼ女を主役にまで持ってきて妥協はしたくない、と・・・」
白井「こんなへぼでも主役です」
紅谷「・・・へ・・・へぼ・・・」
白井「あ!・・・言葉のあやってやつです・・・」
 吉田、あえて紅谷のほうに行きながら
吉田「なおちゃん、」
山本「はい」
白井「待ちの時間ってなにするの?」
紅谷「待ったことがないんですか?」
山本「当たり前じゃないですか」
吉田「どうする?」
山本「・・・どうしましょうかねえ」
白井「あの、それでは、撮影再会してもよろしいでしょうか?」
吉田「ああ、はいはい。」
山本「どうぞどうぞ」
白井「ありがとうございます。それではいきまーす」
 紅谷、立ち位置に立つ
 そして、吉田、山本、はけようとする
白井「スタッフオーケー!それじゃお願いします。」
 吉田、ぴたりと足を止める
吉田「!」
山本「(そんな吉田を見て怪訝そうに)」
吉田「(あごで本番シーンを指す)」
山本「(にやりと笑って、二人でシーンを見学することにする)」
 そうとは知らずに
白井「本番!よーいアクション!」
 カチンコ
紅谷「(やはり映画のせりふを棒読みで)ああ、こないのね・・・」
 紅谷、なにわ歩きで舞台を横切る
紅谷「(同じく映画のせりふ)このばしょにきてくださるといったのに、あのひとは・・・」
 そのとき突然
吉田「(絶叫)カット!」
 全員、停止
白井「え・・・」
 吉田、一気に撮影内に入ってくる
吉田「あんた、それなに?」
紅谷「はい?」
白井「美鈴さん」
吉田「なに、口ぱくぱくさせてるの?」
紅谷「・・・」
吉田「カメラの前で、こんなに大勢のスタッフさんの前で、あんたのために昨日の夜?夕方からがんばってる人たちの前で
あんたは、なにをしてるの?」
紅谷「・・・」
白井「あ、あのですね、これには深いわけが」
吉田「監督に聞いてるんじゃない」
白井「はい!」
吉田「答えなさい。」
紅谷「え・・・と・・・」
吉田「(間髪いれずに)答えな!」
紅谷「!」
吉田「・・・」
紅谷「・・・演技です・・・」
吉田「演技なんだ」
紅谷「はい」
吉田「わかった」
 吉田、台本を持って真ん中へ
そして深呼吸した後一気に
吉田「ああ、幸助様・・・」
 全員、吉田に釘付け
 吉田、華麗に舞台を横切る
吉田「この場所に来てくださるといったのに・・・あのひとは・・・あたしよりも戦争を取ったのかしら・・・」
 吉田、窓越しにさめざめと泣く
 そして一気に真顔になり
吉田「(紅谷に向かって)主役、あたしがやる!」
全員「!」
白井「そ、それは・・・」
紅谷「いやです!」
吉田「あんたは、こういうときは強気になるね!」
紅谷「絶対、渡しません!」
吉田「そんな強気でいられるのはどこにその信念があるのかしら?」
紅谷「うるさい!」
吉田「やるんだ?」
紅谷「やりますよ!」
吉田「他人の迷惑考えないで、自分のためにやるのかい?」
紅谷「やりますとも!」
吉田「ふん!」
紅谷「あなたを好きになって損した・・・」
吉田「損?」
紅谷「春の舞台、あたし、見に行きました」
吉田「ありがとう。」
紅谷「美鈴さんは華麗で、そしてしなやかで・・・美鈴さんが舞台に出ると、空気が一気に変わっちゃう・・・。あたし、そのお芝居を見て、美鈴さんみたいな女優になりたくて事務所に入ったんです。」
吉田「それはどうも」
紅谷「なんですか、その態度は」
吉田「目が覚めた?」
紅谷「え」
吉田「舞台のあたしと現実があまりにも違いすぎて」
紅谷「がっかりです」
吉田「わかってない」
紅谷「え」
吉田「華麗でしなやかだったのは、そういう役だったからじゃない?あの舞台上にいるのはあたしであってあたしじゃない。そのお話の中のひとりの主役だった。」
紅谷「・・・」
吉田「舞台とここにいるあたしの外見は同じでも中身がまるっきり違うの、わかってもらえた」
紅谷「でも」
吉田「なに」
紅谷「わからない」
吉田「わかろうとしてないから」
紅谷「違う!納得できない」
吉田「納得・・・そうか、そうくるか・・・」
 吉田、歩いてから
吉田「じゃあ、こうしない?」
 吉田、中央で
吉田「今から二十四時間後、ここであたしと演技対決やろうじゃないの!」
 全員びっくり
白井「演技対決・・・」
吉田「これはあんたたちスタッフのためにも提案するんだよ」
白井「しかし・・・」
吉田「(かまわず)さっき、あんたがとんでもない芝居していたところ、その二行をやって、どっちがうまいかで主役を決める。もちろん、判定は、監督にやってもらう」
白井「!」
吉田「決戦は明日の朝六時。それまでは・・・(大声で)スタッフのみなさん!おつかれでしょうから、あったかい味噌汁、あっちに用意しといたから、たくさん食べて!」
 スタッフから歓声があがる
吉田「なおちゃん、よろしく」
山本「はい!」
 山本、はける
 白井、ふたりのもとへ
白井「スタッフにはありがとうございます」
吉田「いえいえ、とんでもない。」
白井「でも演技対決の件は」
吉田「絶対勝つ!」
白井「美鈴さ~ん・・・」
紅谷「あたしも・・・負けない」
白井「さくらさ~ん」
紅谷「この役はあたしのためにある。」
吉田「妄想よ、妄想」
紅谷「絶対に・・・絶対に美鈴さんには・・・負けない」
白井「・・・」
吉田「あーあ、だめね」
紅谷「・・・」
吉田「勝負を前にして、『負け』なんて言葉、はくもんじゃないよ」
紅谷「!」
 紅谷、にらみつけて、はける
吉田「(紅谷の背中に)将来のあんたのためを思って言ってんだからね」
 紅谷、完全にはける
白井「仕切りすぎですよ」
吉田「すいません、監督」
白井「社長にしゃべりますよ」
吉田「勘弁して。」
白井「もう・・・」
吉田「ごめんね、やっぱ主役やりたいんだわ」
白井「社長とはお話なさったんですよね?」
吉田「もちろん。」
白井「・・・」
吉田「あたし病気なのかも。主役じゃなきゃやれない、っていう・・・」
白井「・・・」
吉田「この映画に関わる以上は、あたしも、いいものを作りたい」
白井「・・・」
吉田「いいものを作れない人は・・・この世界から早く消えたほうが自分のためなのにね・・・」
 遠くを見る吉田
 それを見る白井
 暗転 






第三章 工場にて
工場の音が聞こえる
   朝の工場街である
   そこにふらふらと、つかれきった顔の紅谷がやってくる
   そこはちいさな工場だ
紅谷「すいません、すいませーん」
   しばらくして奥からひとりの男がでてくる
   木村である
木村「うるせーな」
紅谷「え」
木村「うるせーって言ってんだろ」
紅谷「いや、なにもいってませんけど
木村「もう金なら今月のはじめにかえしたじゃねえか、ばかもん。」
紅谷「あの、あたしは違います」
木村「なに」
紅谷「そこの電柱に貼ってあったビラを見て来たんです」
 木村、紅谷の顔をのぞきこんで
木村「・・・客かあ・・・」
紅谷「そうです」
木村「はじめっからそういえ。ばかもん」
紅谷「・・・すいません」
木村「で?」
紅谷「あたしを・・・女優にしてください」
木村「!」
紅谷「吉田美鈴を知っていますか?」
木村「知ってるもなにも、有名人じゃねえか」
紅谷「その吉田美鈴と明日の朝対決なんです」
木村「?」
紅谷「わかってもらえます?」
木村「・・・わかんねえ」
紅谷「その主役にぜったいなりたいんです!」
木村「主役に・・・なる?」
紅谷「ええ」
木村「そうか」
 木村そっぽをむいて
木村「なら、養成所とか、どっか行け」
紅谷「明日なんです」
木村「知らねえよ」
紅谷「せりふがどうしてもうまくいかないんです」
木村「台詞ね」
紅谷「ええ。何回やっても心が入ってないって監督に言われて・・・こうじゃないかってやってみると、それは技術だとかいわれたり・・・」
木村「ふーん」
紅谷「正直、わからなくなりました。演技ってなんなのか。役者ってなんなのか」
木村「うん。だったら誰かの付き人にでもなって一から勉強すりゃいい」
紅谷「付き人なんて」
木村「ばかだな。付き人なら最高だぞ、ずっと師匠の前にいて生身の勉強ができる」
紅谷「それじゃ間に合わないんですってば!」
木村「なら、ムリ!」
 木村、ハケようとする
 そのとき
紅谷「あの言葉はうそですか?」
木村「(止まる)」
紅谷「電柱に書いてあったあれです」
木村「(振り返って)お嬢さん、あれは・・・」
紅谷「(さえぎるように)『あなたの希望なんでもかなえる機械あります』って」
木村「書いてあるさ。俺が書いたんだから」
紅谷「うそなんですか」
木村「あんたの場合は」
紅谷「(かまわず)演技が・・・うまくなる機械ってのはありますか?」
   木村、ため息
木村「・・・ったく、朝っぱらからへんちくりんなことばっかりいいやがって」
紅谷「へんちくりんでもどうでもいいです!」
木村「・・・あるよ・・・」
紅谷「!」
木村「ある・・・。確かにございますよって」
紅谷「本当ですか?」
紅谷「そんな・・・」
木村「見るかい?」
紅谷「はい」
   木村、奥からわけのわからないものをもってくる
   しげしげとみつめる紅谷
木村「『よろず帯』。」
紅谷「よろず・・・」
木村「よろず、つまりなんでもできるっていう帯だ。」
紅谷「はあ・・・」
木村「正直に感想、言えよ」
紅谷「なんかただのヘアバンドにしか見えないんですけど・・・」
木村「もともと、相良電気の社長に息子の試験の点数をどうしてもあげたいって言われててね。それで発明したのがこれ」
紅谷「勉強のために?」
木村「勉強にも使えるが、あんたがいう感情を入れてせりふを言うってのにもひょっとしたら使えるかもしれんって思ってね。」
紅谷「つ、使ってみたいです」
木村「わかった。ためしになにかセリフを言ってみてくれ」
紅谷「は・・・はい」
 紅谷は中央に立つ
紅谷「ああ、こうすけさま。このばしょにきてくださるといったのに、あのひとは、あたしよりもせんそうをとったのかしら」
 紅谷、言い終わってから木村を見る
木村「(口をあんぐり)」
紅谷「あ、あの・・・」
木村「ひ・・・ひどすぎる」
紅谷「そんなにひどいんですか!」
木村「自分のこいつ(ヘアバンド)に自信がなくなってきた」
 木村、ヘアバンドを持ってはけようとする
紅谷「待ってください!」
木村「え」
紅谷「やらせてください」
木村「知らんよ」
紅谷「え?」
木村「あまりの強烈さに、こいつでも治せないかもしれないよ」
紅谷「かまいません」
木村「そう?」
紅谷「ええ」
 紅谷、手を差し出す
 木村、手にバンドを渡す
 紅谷はそれをながめてから静かに自分の頭に巻く
 そして静かにおおきく息を吸い込むと
紅谷「ああ、幸助様・・・」
 まるでさっきとは別だ
 紅谷、華麗に舞台を横切る
紅谷「この場所に来てくださるといったのに・・・あのひとは・・・あたしよりも戦争を取ったのかしら・・・」
  紅谷、さめざめと泣く
木村「す・・・すばらしい」
紅谷「え」
木村「やっぱりこれは暗記以外にも効果があったんだ!」
紅谷「そんなに変わりました?」
木村「ああ、すごい!」
紅谷「・・・そんなに?」
木村「天と地の差だ」
紅谷「自分ではなんだかなんにもわかんなくて」
木村「無意識の中に働きかけてるんだ」
紅谷「無意識?」
木村「ああ、自分の使っていない脳みそにこのヘアバンドが働きかけて身体を動かしたんだ」
紅谷「へえ・・・」
木村「すごいだろう」
紅谷「でも・・・せりふをしっかり自分でいえたんですよね」
木村「ああ、うそじゃねえ。あんた、これさえ使えば立派な女優になれることまちがいねえ」
   紅谷、はしゃいで走り回る
木村「そんなによろこんでもらうと、こっちが恥ずかしくなるじゃねえか。もうやめてくれ」
紅谷「は、はい、すみません。でも・・・でも・・・すごい。・・・あのー」
木村「なんだい」
紅谷「・・・おいくら・・・なんでしょうか?」
木村「役者なら腹から声出せ!」
紅谷「(大きく)これ、おいくらなんですか?」
木村「ああ。百五十万円ってとこで勘弁してやるわ」
紅谷「百五十万円!」
  紅谷、卒倒しそうになる
  木村、あわてて抱える
木村「大丈夫かい」
紅谷「百五十万円・・・百五十万円・・・」
木村「そこん角の相良電気の社長だったらすぐ出してくれるんだけどな」
紅谷「あ・・・あたしは・・・一般市民です!」
木村「・・・そうだよな。一般市民だよな」
  木村、紅谷の頭からバンドをはずす
木村「なら、捨てるか」
紅谷「え?」
木村「せっかくあんたいい女優になると思って見込んで売ってやろうとしたんだけどなー。あんたには女優の器もなけりゃ、ふとっぱらっていう、度胸の良さもないんだな」
紅谷「売れたら必ず払います」
木村「出世払い?」
紅谷「それがだめなら分割で」
木村「月賦か」
紅谷「必ず返します」
木村「月、いくら」
紅谷「えっと・・・えっと・・・一万・・・」
木村「(大声で)一万だと!?・・・笑わせるなー。百五十ヶ月なんて生きていけねえよ」
紅谷「でも」
木村「(小馬鹿にしながら)ああ、いいよ、悪かったよ。このおれが悪かった。木村正二郎が三年の月日をかけて作った、この『よろず暗記帯』、これを小さく見られたら、こっちも考えるってもんよ。あー!」
   そこに、チャイム
   木村、はけて出る
   それは借金とりの墨田だった
墨田「よう」
木村「(態度一変して、弱いキャラの声で)あ・・・ああ・・・」
墨田「払ってもらおうか?」
 墨田はガムをくちゃくちゃしながら迫ってくる
木村「お、お願いです。もう、しゅこし。もう、しゅこし待っていただけないですかねー。」
墨田「もうしゅこし?」
木村「あ、もう少し、もう少しです。今月中になんとかしますから」
  墨田、ガムをかみながら木村をもちあげると
  木村を乱暴に置く
墨田「ばかか」
木村「はい?」
墨田「お前はガム以下の人間か?」
木村「が・・・ガム以下・・・」
 墨田、ニヤニヤしながら、ガムで風船を作る
 そしてぱちんと割る
 そして襟首をつかんで
墨田「この口の中のガムみたいにね、くちゃくちゃ噛んで風船つくって、道端に捨ててあげようか」
 どすんと地面に置く
木村「い、痛い・・・」
墨田「払わないからこういうことになるんだよ」
墨田「む、むりですよ~今、時空をこえるタイムマシンってやつもやってて、」
墨田「タイムマシン?」
木村「ええ、それで昨日ですね、設計図を書き終えて、このあとから作り始めるとこなんですけど」
墨田「いつものペテンかい」
木村「いや、今度は!いや今度こそは!本当なんですけどねー・・・」
   完全に木村、劣勢
見るに見かね、ついに紅谷
紅谷「おいおい、うちのお父ちゃんに、なにすんだよ!」
木村「!」
墨田「お、娘か」
紅谷「そ、そうさ、」
墨田「名前は」
紅谷「名前・・・」
墨田「てめえの名前もわかんねえのか」
木村「あ、ああ、う、梅です」
墨田「こんなかわいい娘、どこに隠してた?」
木村「あ、いや、そのー・・・」
墨田「(紅谷に)顔、きれいじゃねえか」
紅谷「!」
 墨田、ガムをくちゃくちゃしながら顔を寄せていく
紅谷「うるせえ!」
 紅谷、墨田をはねとばす
墨田「て、てめえ」
紅谷「父ちゃんはな、世界一の発明家なんだよ。」
墨田「発明家ねえ」
紅谷「日本のエジソンなんだよ!」
墨田「へ?こいつが?この顔で、日本のエジソン・・・」
 墨田、大笑い
紅谷「そうだよ!あんたなにかい?そんな父ちゃんに今のうちに投資しなくてもいいのかい?」
墨田「と、投資?」
紅谷「今逃がしたらどうなるか・・・あとあと損をみるだけだとあたしは思うけどねー」
木村「(小声で)やめろよ」
紅谷「(気にせず)今、投資しとけばタイムマシンに間に合うんじゃないかい?」
墨田「今かぁ」
紅谷「三日で一万が、五万。五万が二十五万で倍になるよ。もちろん、パリの発明学会とやらで発表するんだぜ。こんなところでお父ちゃん脅してなんかいないでさ、いますぐ相良電気さんとこ行って、株でも買い占めてきな!はやくしなきや、ほかのとこにおいてかれるよ!」
墨田「・・・行くわ」
紅谷「ほらはやく!」
墨田「おれがお前のタイムマシンとやらで金が入ってきた暁には・・・おれとつきあえ」
紅谷「ん?ああ、いいよ」
木村「おい!」
紅谷「いいよいいよ。」
墨田「おやじ、そういうこった。じゃあな!」
   借金取りは走り去ってく
   ほっとする木村
   まだ、威勢のいい紅谷
   ふたり、顔を見る
木村「(罰の悪い笑い)」
紅谷「(ひと仕事終えた後の充実した笑い)」
木村「(照れながら)・・・いや・・・助かったよ。あいつら朝からしつこくて・・・」
   紅谷、笑いながら、ばたんと紅谷倒れる
木村「!おい!しっかりしろ!おい!」
暗転



明転
  寝かされてる紅谷
  つきそう木村
  紅谷、気がつく
紅谷「・・・ここは」
木村「変わらんよ。・・・おれの家」
紅谷「・・・(しばらくボーっとしてるが、急に先ほどのことを思い出して)すいません!」
木村「びっくりしたよ。」
紅谷「ほんとすいませんでした!」
木村「ぽんぽんぽんぽん、ありもしねえこといいやがって・・・」
紅谷「な、なんか夢中で・・・」
木村「あんな勝手な言葉ハケるくらいなら、おれの機械いらねえんじゃねえの?」
紅谷「あ・・・」
木村「なあ」
紅谷「・・・さっきまでのことって、なんだかなんにも覚えてないんです。」
木村「へえ・・・」
紅谷「ちょっとトバしてしまいました」
木村「トバした?」
紅谷「・・・はい」
木村「そっかー。」
  木村、考え込みながら歩く
紅谷「・・・どうしたんですか」
木村「・・・『よろず帯』売ってやるよ」
紅谷「!」
木村「あんたはさっき、俺を助けてくれた。」
紅谷「・・・」
木村「おれは金は借りるけど、心では借りは作らねえつもりだ。だから売ってやる」
紅谷「本当ですか」
木村「あんたに・・・投資する」
紅谷「あ、ありがとうございます!」
木村「でも、金はないにしろちょっと条件がある」
紅谷「え」
木村「あんたの髪の毛・・・すこしわけてくんないかな」
紅谷「!」
木村「今、次の発明でな、ハゲにつける薬を作ろうと思ってるんだ。」
紅谷「薬・・・」
木村「ああ。女の髪の毛には男の髪の毛には絶対ない、謎のある成分が含まれてるって。」
紅谷「次の発明はタイムマシンじゃないんですか?」
木村「タイムマシンはもうちょい後なんだ。それより先にこのままいくと、毛生え薬ができる」
紅谷「・・・」
木村「不景気だかなんだかしらねえが、日本のおやじどもは夜も寝ないでがんばって働いてる。そんな暮らしずっとしてたら、髪の毛薄くなって当然だろ?」
紅谷「そうですけど」
木村「ハゲ親父どもを、このままほっといていいのかい?」
紅谷「・・・」
木村「・・・どうだい?金に比べりゃたいしたことじゃねえだろ?」
紅谷「でも」
木村「(間髪入れずに)髪の毛は女の命。女の強みってことは女優の命でもあるってか?」
紅谷「・・・そうです」
木村「なーに、すぐ伸びるよ。」
紅谷「(考えながら)・・・量はどのくらい?」
木村「そうだな・・・(紅谷の背後に回って)ばっさりいこうか」
紅谷「むりです!」
木村「なんで?」
紅谷「あたし・・・あたし・・・髪の毛伸びんの遅いんです。ここまで伸ばすのにどれだけかかったか・・・」
木村「あんた、生きてる人間だろ?どっかのお寺の人形だって髪の毛が伸びる時代だ」
紅谷「いい女優さんになるために、ずっと伸ばしてきたんですよ」
木村「髪の短い大女優がいたっておかしくねえだろ。」
紅谷「そんな」
木村「大丈夫、次に来る二十一世紀ってやつのときにはあんたの髪型はやってるかもしれないよ~」
紅谷「(我慢できず)次の世紀まで待てません!」
木村「・・・そうか・・・それなら・・・契約は・・・」
  木村、そばにあったバンドをもつ
  おもいっきりひっぱってちぎろうとする
木村「なしってことで」
紅谷「あ」
木村「あたりまえだろ?ここまで譲歩してもまだ断られたんだ。あんたがいらないってことは、世の中もこれを欲しがってないかもしれん。・・・失敗作として捨てる」
  木村、ひきちぎろうと強くひっぱる
  紅谷、悩む
  木村、どんどん両手でゴムをひっぱる
  紅谷、ついに
紅谷「待ってください!」
  木村、ゆるめる
  勢いで、バチンと手を打ってしまう
木村「痛え!」
紅谷「買います!」
木村「!・・・」
紅谷「買います・・・あたし、女優になるために東京に来たんですもん。」
木村「そうか」
紅谷「・・・もう・・・手段、選んでる場合じゃないんです・・・売ってください」
木村「(にやり)・・・いい度胸してんじゃねえか。・・・この『よろず帯』があれば、ますます鬼に金棒ってとこだ」
  木村、はさみを渡す
木村「さあ、(髪を)切ってくれ。」
紅谷「・・・」
木村「ほれ、どうした?」
紅谷「(実際、はさみを手にして、迷う)」
木村「またおじけづいたか?」
紅谷「・・・ちょっとはずかしいんで、洗面所かどっかありますか?」
木村「・・・はは。そうか。わかった。すまんな。・・・そこの奥いって左のとこだ」
  紅谷、はける
  すこししてから、髪の毛をもってくる
木村「ん?」
 紅谷、髪の毛を少しだけ切って持ってくる
 無言で差し出す
木村「足りねえなあ・・・」
紅谷「・・・あたしの髪の毛、大切に使ってください」
木村「これっぽっちじゃ・・・」
紅谷「これで何とかしてください」
木村「・・・しかたねえな」
紅谷「ありがとうございます!」
木村「ん?髪の毛ぼさぼさだな。・・・そうだ、そうだ」
  木村、軽くはけて、黄色いビンをもってくる
木村「先月発明したんだ。毛生え薬にさきがけて髪の毛をつやつやにする薬だ」
  木村、薬を手に取り、紅谷の髪にしみこませるように塗る
紅谷「つるつるに・・・なるんですか?」
木村「そう。熱に反応してつるつるになる・・・髪の毛が長持ちするから『長持っづヘアー』っていうんだ」
紅谷「なんか・・・どこかで聞いたことが・・・」
木村「ばかもん。おれが発明したんだ。だれも使ってないぞ!(薬を紅谷の頭にどんどんふりかける)・・・ほら、つるつるに、つるつるになって・・・(目線がビンのラベルにいき大声で驚く)あ!」
紅谷「どうしたんですか」
  木村、急いでビンを手から離す。そしてあわてる
木村「・・・ああ・・・」
紅谷「どうしたんですか」
木村「(小声で)言えねえよな」
紅谷「え」
木村「(あいかわらず小声で)言えねえよな・・・髪の毛の伸びを止める薬と間違ったなんて」
紅谷「(大ショック)!!!・・・・聞こえてるんですけど」
木村「(アドリブでおもいきり驚く)」
紅谷「どういうことですか?はやく、落として・・・早く!」
木村「・・・無理だ」
紅谷「え」
木村「(ビンを投げ捨て)むりなんだよ!」
紅谷「そんな・・・」
木村「毛止め薬だ。足のすね毛とか腋毛とか、余分な毛の部分につけて、毛の成長を永久に止めてしまうんだ」
紅谷「(ショック!)」
木村「すまん。こいつは即効性があって、洗っても洗っても永久に毛がのびないように作ったんだ!」
紅谷「・・・」
木村「すまん!このとおりだ。」
紅谷「じゃ、あたしの髪って、これ以上伸びないんですか?」
木村「・・・」
紅谷「どうしてくれるんですか!」
  照明チェンジ

第四章 画策と反抗とその理由
 場所は変わってこちらは吉田と山本。
 控え室である
 吉田疲れた風で入ってくる
 山本それに続いて入ってくる
山本「(後ろから)いいんですか?」
吉田「お疲れお疲れ」
山本「美鈴さん」
吉田「(気にもせず)朝からこんな待ちになるんだったら、麻布十番のおいしいたい焼きでも買ってくるんだった・・・」
山本「美鈴さん」
吉田「あら。弁当は?弁当・・・どこかなあ・・・」
山本「・・・」
吉田「?」
 吉田、山本を振り返る
吉田「なあに?なおちゃん」
山本「・・・もう・・・いいです」
吉田「そうかい?」
山本「・・・」
吉田「(イスにすわり、軽くメイクを見る)(メイクの)トキちゃん呼んで」
山本「・・・はい」
 山本、体だけはけて
山本「(袖中に)トキコさーん」
トキコ「はーい」
山本「直し、お願いしまーす」
トキコ「かしこまりましたあ」
 山本、戻る
吉田「(鏡を見ながら)あたしの決断にケチつける気?」
山本「いえ、そんなことはないんですが・・・」
吉田「あの娘、あたしのひとつ下だっていうのに、よくあそこまでいけしゃあしゃあといえたもんだね」
山本「最近の子はみんなそうですよ。」
吉田「へえ」
山本「上にいる目の上のたんこぶに追いつけ、追い越せって・・・」
吉田「たんこぶ・・・(にらむ)」
山本「!」
吉田「なおちゃん」
山本「は、はい!」
吉田「あの娘はあたしに憧れたって言ってたんだよ」
山本「はい」
吉田「そこんところは汲み取ってあげないとねえ・・・」
山本「は、はい・・・」
吉田「他にもまだ言いたいことあるのかな?」
山本「あ、・・・いえ・・・」
吉田「はっきり言おうよ」
山本「いえ。なにもありません」
吉田「ほんと?」
山本「・・・」
吉田「まあ、いいさ・・・たく、トキちゃん遅いね?」
山本「もう一回呼んでみます」
 山本、またハケようとする
 そのとき
吉田「そうだ!なおちゃん」
山本「はい?」
吉田「知り合いに・・・探偵さんがいるって言ってたよね?」
山本「!」
吉田「この前、日比谷でコーヒー飲んだときそんなこと言ってたろう?」
山本「・・・ええ」
吉田「その子に・・・あの娘をつぶさせよう」
山本「!」
吉田「主役なんてそうホイホイと取れるもんじゃないってこと、覚えさせないとね」
山本「でも勝負じゃないんですか?」
吉田「あたしが負けるはずないだろ?」
山本「・・・ええ」
吉田「あの娘も負けて赤っ恥じかいて打ちのめされたら、なにかひとつ考え変わるかもしれないよ」
山本「・・・」
吉田「あの娘として、いい方向に」
山本「・・・はい」
吉田「自分がまだまだ甘ちゃんだって知るいいお薬だよ。」
山本「・・・」
吉田「そのためにも(肩をぽんと叩いて)お願い」
山本「・・・はい・・・」
吉田「探偵さん、かっこいいんだって?髪の毛が栗毛で、ガイジンさんみたいだったってうちの社長が言ってたよ」
山本「かっこよくないですよ!」
吉田「?」
山本「?・・・あ、いや、探偵だけで稼げないからなんか危ない仕事やってるみたいだし・・・。かっこいいっていうのは、ここ最近の東京の人たちに比べたら、背が高いほうかなって・・・」
吉田「(山本の顔をのぞきこんで)へえ・・・」
山本「!」
吉田「お付き合いしてんじゃない?」
山本「そんな!」
吉田「顔、真っ赤だよ」」
山本「この前行った日比谷の喫茶店の仕事してるときに・・・たまたま知り合ったってだけですよ!」
吉田「理由なんてどうでもいい」
山本「ただ単に手が滑ってズボンにホットミルクこぼして・・・それからの腐れ縁ですから・・・」
吉田「へえ!、ズボンにホットミルクだなんて・・・」
山本「(顔真っ赤)」
吉田「・・・お金はあとでなおちゃん経由でしっかり払い込んでおくから」
 吉田、カバンに荷物をしまいこみ始める
山本「?・・・どこかへいかれるんですか?」
吉田「トキちゃん忙しいみたいだし」
山本「すいません!今度こそ(呼びます)」
 山本あわてて呼ぼうとするが
吉田「あ、いいよいいよ」
山本「でも」
吉田「ちょっと行きたい所あるから、行ってくるよ」
山本「そうですか。あ、あたしも途中まで・・・」
吉田「大丈夫」
山本「はい?」
吉田「あ、でもスタジオ出るまではカバン持ってくれる?」
山本「ええ」
 ふたりはけて
照明チェンジ








 照明変わる
 一方そのころこちらは木村工場
 髪にタオルを巻いて、さらによろず帯を巻いている紅谷がやってくる
 離れた席に木村が座る
 ちょっと沈黙
 それに耐え切れず木村
木村「なあ、お嬢さん」
紅谷「(ふくれ面)」
木村「悪かったと思うよ」
紅谷「髪の毛」
木村「ちょっとおれも遊んじまったかなぁって思う」
紅谷「髪の毛」
木村「なあ、ちょっとは(機嫌直して暮れよ)」
紅谷「(絶叫)かみのけ!」
木村「!」
紅谷「ここまで伸びるのにね、どのくらい苦労したかわかりますか?」
木村「(ため息)」
紅谷「あたしの、ため息かえしてくださいよ!」
木村「だからさあ、じゃあ、どうすればいいってのよ!」
紅谷「大至急、毛生え薬作ってください」
木村「あの量じゃ作れん」
紅谷「(ぼそり)へぼ発明家・・・」
木村「(絶叫)へぼっていうな!」
紅谷「聞こえましたか?」
木村「地獄耳なもんでね」
紅谷「(もっと小さく)ばか発明家」
木村「お嬢さん」
紅谷「! はい」
木村「この際、仏門にでも入ろうか?」
紅谷「!」
木村「ご両親は喜ぶんじゃないの?」
紅谷「ご、ごめんなさい」
木村「ふん」
紅谷「あたし、聞いたことがあります」
木村「?」
紅谷「本当の天才は失敗しても悲しまないって」
木村「天才?」
紅谷「ええ」
木村「お、おれは天才でもなんでもない」
紅谷「じゃあ、なんなんですか?」
木村「そ・・・それは・・・凡人だよ」
紅谷「こういうのを発明する人は・・・凡人じゃないですよ」
木村「そうかなあ」
紅谷「ええ、失敗の上にこういう作品ができるわけですから」
木村「まあね・・・ってそんな失敗失敗言うなよ。」
紅谷「じゃあなんで、つくってくれないんですか」
木村「そりゃ、その・・・」
紅谷「失敗が・・・怖いんですか?」
木村「・・・」
紅谷「・・・その発明家の人は百回失敗した後、こういったそうです」
木村「?」
木村「『よかったよかった。これで百通りの失敗例を開発した』って。悲しむどころか逆に喜んでしまったらしいです」
木村「・・・」
紅谷「作ってください」
木村「でも・・・」
紅谷「?」
木村「・・・量なんだよ、量!こんなんじゃ、百回も失敗できない。」
紅谷「何回ならいけるんですか?」
木村「そうだな・・・三回が限度だろう」
紅谷「なら、二回失敗例作って一回成功すりゃいいじゃないですか」
木村「・・・」
紅谷「案ずるより、産むが易しっていうじゃないですか」
木村、紙に入ったそれを眺める
紅谷「あたし、母さんと父さんに約束してきたんです。」
木村「・・・」
紅谷「「絶対に映画とか舞台とか雑誌とかにバンバン出る女優になって、ふたりを御殿に住ませるって。」
木村「・・・」
紅谷「そして・・・いつか、世界に出てくって。」
木村「世界か・・・」
紅谷「日本の映画も好きですけど、あっちのほうの映画のほうが辛気臭くないんですよ。道端でもあっけらかんってキスするし、いつでもどこかで幸せがあって、あたしのすんでるとこみたいな四畳半的なことが描かれない」
木村「ふーん」
紅谷「だから必ず行きます」
木村「おれは、四畳半的な日本映画も好きだけど?」
紅谷「・・・」
木村「四畳半でも・・・住めば都さ・・・」
紅谷「・・・」
 木村立ち上がって
木村「・・・いっちょうがんばるか」
紅谷「はい」
 紅谷も立ち上がる
木村「ん?」
紅谷「(頭に巻いたタオルを取りながら)スタジオに戻ります」
木村「そうか」
紅谷「練習しようと思って」
木村「よろず帯があれば大丈夫だ」
紅谷「行ってきます」
 紅谷、タオル捨ててはける
 見送る木村
 木村も髪の毛を見て決意してハケる


照明チェンジ

















チェンジ
 こちらは山本のほう。
 どうやら、探偵と待ち合わせらしい。
 時間はちょっと過ぎている
 ちょっといらいら。
 そこに男現れる
 墨田だ
 相変わらずガムをかんでいる
墨田「(遅くなって)悪かったね」
山本「・・・別に」
墨田「話ってなに?」
山本「・・・あんたの本業の話」
墨田「なんだ、また説教?」
山本「またってなに?」
墨田「探偵なんてやめて、早くカタギになってって」
山本「・・・」
墨田「図星?」
山本「図星どころか・・・むしろ逆の話なんだけど」
墨田「へえ」
山本「美鈴さんが気に入らない役者を・・・邪魔してほしい」
墨田「へへ。そういうの待ってたんだよ」
山本「ほんとはあんたなんかに頼みたくなかったんだけど」
墨田「もっとしっかりした探偵あたりに頼もうって?」
山本「・・・そうよ」
墨田「残念無念」
山本「まったく」
墨田「で、どんな役者?」
 山本、かばんから小さなスケッチブックを取り出す
 そこには、紅谷さくらの似顔絵が書いてあった
 まあ、けっこう(小学生の写生的)な絵で・・・。
墨田「・・・」
山本「?」
墨田「・・・さっぱりわかんない」
山本「え」
墨田「お前、小学校の図画工作からやりなおしてこい」
山本「(絵を見て)けっこうそっくりだよ?」
墨田「もっとわかりやすいのはねえの?」
 山本、一枚めくる
 すると今度はアニメチックなさくらの絵
墨田「・・・」
山本「?」
墨田「かわいくしすぎだろう・・・」
山本「じゃ、これはどう?」
 山本、もう一枚めくる
 今度はピカソ的に目とか鼻とかが美術画のさくら像
墨田「・・・ごちそうさまでした」
山本「わかってもらえたかしら」
墨田「(スケッチブックを奪い)わからないねえ」
山本「使えない」
墨田「(むかっ)」
山本「こりゃ失礼」
墨田「まあ、おれも世の探偵たちの端くれだ・・・この絵を使ってなんとか探すさ」
山本「お願いね」
墨田「オレに歯向かったりとかしたら・・・(ナイフを出して)いいのかな?」
山本「やめなよ」
墨田「(ナイフを見せつけながら)懐かしいなあ。横須賀で拾ったんだよね」
山本「そうよ」
墨田「しびれるよね~、この光」
山本「(まわりを見て)つかまるよ」
墨田「(すぐしまって)このナイフは、ある力しか発しないからなあ」
山本「それが自分の中の約束なんでしょ?」
墨田「(にやにや)」
山本「立派なんだかどうだか」
墨田「まあとにかく、報酬は・・・しっかりもらうぜ」
山本「あなたがもうひとつの仕事をしなくてもいいくらいにはなるかもよ」
墨田「それはありがたいな」
山本「なんてったって、吉田美鈴だから」
墨田「探偵一本で早く働きたいもんだよ」
山本「そのかわり、しっかり邪魔してきて。役者やるなんて二度といえないくらいに・・・」
墨田「わかった」
山本「よろしく」
 山本、領収証をとって帰ろうとする
墨田「待てよ」
山本「(待つ)」
墨田「今度はいつ・・・ゆっくり会えるんだ?」
山本「そうね・・・この映画が終わったらかな」
 墨田、すっと山本に近寄り後ろから抱きしめる
山本「!」
墨田「(耳元で)もっと早く会いたいな・・・」
山本「(必死に離しながら)あたしはそこまで尻軽女じゃない」
墨田「ふーん」
山本「ちょっとアメリカ映画じゃないんだから・・・(必死に離す)」
墨田「(強引に抱きしめながら、山本の手から領収証を取る)」
山本「!」
墨田「今日はおれが払う」
山本「あら、今夜あたり隕石でも降ってくるかしら」
墨田「さっきまで株を買い集めていたんだ」
山本「株?」
墨田「ああ、今朝、おもしろいものを見たんでね」
山本「賭け事ばっかり」
墨田「今に見てろ。こんなコーヒー代なんて目じゃねえくらいのビルディングぶったてて、探偵会社やってやっから」
山本「夢物語は聞き飽きた」
 墨田、、また抱きしめる
山本「(離そうとして)だからあ・・・」
墨田「(懐から株券の束出して)付き人なんて、さえねえ仕事さっさとやめさせてやるさ・・・」
山本「(完全に離れてから)と、とにかく、今夜中にその紅谷さくらっていう女を探し出して、二度と美鈴さんの前に出てこれないようにしてね!いいね」
 そういいながら、山本、真っ赤になってはける
 ひとりきりになった墨田
 あらためてスケッチブックを見る
 三枚ぺらぺらめくる
 そしてそのうちの一枚をじっと見る
 見たことある顔だな・・・
 じっと考える墨田
 コーヒーを一口飲む
 そして・・・
 あいつじゃないのか・・・
墨田「梅・・・」

チェンジ
 チェンジ
 ここは都内の、とある病院の前である
 吉田が紙袋を持って出てくる
 そして病院を振りかえり見る
 そこに、山本がかけこんでくる
 気配に気づく吉田
 おたがいびっくり
吉田「・・・どうしたの?」
山本「・・・み、美鈴さんこそ・・・」
吉田「あ、あたしは・・・あ、お、お手洗いを借りたの」
山本「お手洗い?」
吉田「そ、そうだよ・・・トキちゃんがまともな化粧してくんなかったから」
山本「はあ・・・」
吉田「?・・・な、なんだい?」
山本「い、いえ別に」
吉田「なおちゃんのほうこそ」
山本「あ、あたしは・・・美鈴さんのお願いを伝えてきました」
吉田「どうだった?」
山本「彼なら・・・やってくれると思います」
吉田「期待してるよ」
山本「・・・」
吉田「?」
山本「大丈夫です」
吉田「そう。じゃ。」
 吉田、はけようとする
 そのとき
山本「あの」
吉田「(止まって)」
山本「この病院に・・・だれかいらっしゃるんじゃないですか?」
吉田「・・・」
山本「美鈴さん」
吉田「・・・化粧を直しただけだっていったでしょ」
山本「右手の紙袋」
吉田「!」
山本「麻布十番の・・・浪速屋さんのたいやきじゃないですか?」
吉田「・・・」
山本「・・・」
吉田「・・・なおちゃん」
山本「・・・はい」
吉田「あたしの付き人なって・・・どのくらいだっけ?」
山本「来年の三月で二年になります」
吉田「二年かあ・・・」
山本「?」
吉田「付き人やってておもしろい?」
山本「え」
吉田「おもしろい?」
山本「おもしろいときもあります」
吉田「ときも?」
山本「つらいときのほうが・・・多いことも・・・」
吉田「そういうもんだろうね。」
山本「すいません」
吉田「おもしろいときってのはどんなとき?」
山本「美鈴さんが今なにを思って何をしたいか、それを読んで一歩先にそこにいって。もちろん失敗もあるんですけど、うまく美鈴さんと合致したときが一番うれしいし面白いです」
吉田「あ~あ、だめだめ」
山本「・・・」
吉田「当たり前のことを当たり前にやるのが、仕事ってもん。」
山本「・・・」
吉田「仕事はできて当たり前。それを面白がってやるもんじゃない・・・」
山本「す、すいません」
吉田「・・・」
山本「・・・」
吉田「なおちゃんに関しては、あたしがじっくり勉強させるから」
山本「はい!」
吉田「あたしは他人に厳しく・・・自分に・・・甘くだから」
山本「え」
吉田「(軽く笑う)ここはね、あたしにとっては、大事な場所。」
山本「・・・」
吉田、バッグから小さな封筒を出す
 その中には手紙があった
 吉田、その手紙を山本に渡す
吉田「これ、読んでみて」
山本「・・・」
吉田「ほら、早く」
山本「・・・みすずさんへ。
   はじめておしばいをみました。
おもしろくて、おかしくて、わらって、さいごに、ないちゃいました。
そしてみすずさんのことがすきになりました。
これからもがんばってください。
あたしもがんばります・・・」
吉田「その手紙を書いた子がこの病院にいる」
 吉田、病院を見つめる
吉田「白い大きなベッドに、そばには大きなラジオが置いてあって、そのそばに赤いポインセチアの鉢がある」
 山本も見つめる
吉田「そのベッドに寝ているのが、佐上純ちゃん・・・あたしについた最初のファンなの・・・」
 吉田、近くのベンチに座る
 山本も座る
吉田「この手紙を受け取ったのはね、あたしの人生はじめての舞台の初日が終わったとき。緊張がぷっつり切れてボロボロになってホールから出てきたあたしに、出口でひとりの女の子が走ってきた。」
山本「・・・」
吉田「この手紙を握り締めて・・・たったったって走ってきた」
山本「・・・」
吉田「『がんばってください』って一言。純ちゃん、手紙渡したら逃げるように帰ってった。」
山本「・・・」
吉田「ほんとあっという間の出来事でただただ、びっくりして。・・・でもこれを家に帰って読んだときは・・・涙が止まらなかった。」
山本「美鈴さんの演技に感動してくれたんですね・・・」
吉田「感動だなんて・・・。あたしはそれまで、裁縫学校のお楽しみ会でちょっとだけやったってだけなんだよ。それ以外になんの勉強も経験もないあたしの芝居を見て、面白かった・・・泣いてくれたなんて・・・なんか申し訳なくてね。すぐに返事を書いて送った。」
山本「・・・」
吉田「それからちょくちょくここには来させてもらってね、お話したり、遊んだりしてるの。」
山本「そうだったんですか」
吉田「いつもギスギスしたとこで、ひいひい仕事してるでしょ?ここに来るとそんなのぜーんぶ忘れて、女優じゃなくて、ただのひとりの女になっていられる。実家の次に落ち着くかもね」
山本「なんでずっと隠していたんですか?」
吉田「そりゃ、恥ずかしいでしょ?」
山本「そんなことないですよ」
吉田「しー!社長にも教えてないんだからね。」
山本「え!」
吉田「あたしたちだけの秘密」
山本「はい!」
吉田「・・・でもね、純ちゃん、もうすぐ耳が聞こえなくなるの」
山本「!」
吉田「手術が明日あるらしいんだけど、完全には治せないんだって。」
山本「・・・」
吉田「あたしのラジオとか楽しみに毎週聞いていたのにね。この映画も、次の舞台も本気で楽しめないかもしれない」
山本「・・・」
吉田「あたしが純ちゃんにここではじめて会ったとき誓ったことがある。」
山本「?」
吉田「もしあたしのことを、あたしの演技を楽しみにしてくれる人がひとりでもこの世にいる限り、あたしはその人のためにがんばる。せいいっぱい演技する・・・」
山本「・・・」
吉田「そのためにも主役をやりたいの。主役をやれば、必ず誰の目にもあたしを焼き付けることが出来る。そしてあたしを応援してくれる人も安心して観ることが出来る。だから・・・ずっとこだわってきた」
山本「そういうことだったんですね」
吉田「音が聞こえない人でも、あたしの演技が、あたしの汗が、その人たちのなにかの力なり支えになればいいの」
山本「・・・」
吉田「なんか初めてだね。なおちゃん前にしてここまで話したの」
山本「ええ」
吉田「うれしい?」
山本「はい」
吉田「それにしても・・・はあ・・・ちょっと寒くなってきた」
山本「大丈夫ですか?」
吉田「うん。さあ・・・そろそろスタジオに帰ろうか。」
山本「はい」
 ふたりはける
チェンジ













 


場所は変わって、ここはスタジオへ向かう道
 ヘアバンドをして歩いてくるさくら
 突然
墨田「木村梅さん」
 紅谷、気にすることなく歩く
墨田「木村梅さん!」
 まだ立ち止まらない
墨田「あんただよ!」
 紅谷やっと振りむく
 後ろからにやにやしながら墨田登場
紅谷「!」
墨田「さっきから何回も呼んでいるのに気づかない・・・?」
紅谷「あ・・・ああ、ちょっと考え事してたから」
墨田「気づくわけないもんね。」
紅谷「え」
墨田「紅谷さくらさん・・・?」
紅谷「!」
 紅谷あせってハケようとする
 墨田、その腕を取る
紅谷「離して!」
墨田「離さない」
紅谷「なんなのよ!」
墨田「こういうことさ」
 墨田、取った手を後ろ手にして一気に自分の中に収める
 そして片手からナイフを取り出し、紅谷の顔に当てる
紅谷「!」
墨田「(鋭く)声を出すな」
紅谷「!」
墨田「女優は顔が命。」
紅谷「・・・」
 墨田、物陰のほうに連れて行き
墨田「態度がでかいと思ったよ」
紅谷「・・・」
墨田「あんたにはぽんこつ親父の遺伝子ひとつも入ってないもんな?」
 墨田、懐から紙を出す
 それは身上書だった
紅谷「それは・・・」
墨田「悪いね、あんたの町役場に行っていろいろ調べさせてもらった」
紅谷「!」
墨田「それから・・・ご両親にもお会いして」
紅谷「う、うちの親にも」
墨田「仕事なもんで。」
紅谷「借金取りじゃなかったの?」
墨田「おお、それは大いなる誤解。朝の顔は仮の姿。飯を食うためにいやいややってる仕事さ」
紅谷「・・・」
墨田「なんで、あんなぽんこつの味方した?」
紅谷「・・・」
墨田「おれが見る限り、もうすぐ金がなくなって死ぬね。あんなガラクタばっかり発明してちゃ、そりゃカミさんも子供連れて田舎帰っちゃうって」
紅谷「あたしは・・・木村さんに世話になったから」
墨田「あんな男に恩返ししても、釣りはなんにもでないよ。」
紅谷「見返りを期待してるわけじゃない」
墨田「じゃあ・・・何?」
紅谷「・・・」
墨田「・・・?・・・なんだこれ?(髪飾り)・・・」 
 墨田、ヘアバンドに手をかけようとする
紅谷「(絶叫)さわらないで!」
 墨田、あわてて、顔にまたナイフを押し付ける
墨田「おっと、ほっぺた切り取っちゃうところだった」
紅谷「!」
墨田「こいつになにか秘密でも?」
紅谷「な、なんでもない・・・」
墨田「へえ・・・」
 墨田、今度こそヘアバンドに手をかけようとする
紅谷「や、やめて・・・」
墨田「いや」
紅谷「お願い!」
墨田「いーやーだ」
紅谷「あんたのいうこと、なんでもきくから」
墨田「?」
紅谷「なんでもあんたの言うとおりにするから・・・」
墨田「(にやにや)」
紅谷「だから、それには・・・触らないで」
墨田「それなら、映画あきらめてくんない」
紅谷「!」
墨田「ああ、なんてことない。今の今までのことは、あんたの妄想。」
紅谷「そ、そんな・・・」
墨田「田舎では神童でも、ここは東京。」
紅谷「・・・」
墨田「所詮あんたはただのシロウト。せいぜいお遊戯会の主役がお似合いだ。」
紅谷「・・・」
墨田「いい加減、夢物語終わらせようよ。」
紅谷「・・・」
墨田「あんたが終われないみたいだったから、おれが終わらせてあげようと思って、電報打っといたから。」
紅谷「え」
墨田「あんたの実家にね・・・」
紅谷「!」
墨田「(懐から電報控えを出し)『エイガ コウバン シタ。コンヤ イエ カエル。』」
紅谷「・・・」
墨田「感謝しろよ。今頃、あんたん家、ごちそう並べて待ってるよ。花の都の夢をどうなぐさめようかなんてね」
紅谷「ひどい・・・」
墨田「ありがとう!」
紅谷「人間じゃない・・・」
墨田「人間じゃない?」
 墨田、ナイフをますます顔に押し付ける
そして一気にぽんと紅谷を離す
 紅谷、勢いでくるりと墨田のほうを向いた状態で離れる
墨田「人間の証拠、見せてあげる」
墨田言いながら、ナイフで左手の中指を切りつける
紅谷「!」
 墨田、すぐに傷ついた指をなめる
 紅谷のほうを見ながら
墨田「(声を出さずにずっと見つめながら奇異な笑い)」
 そしてナイフを紅谷の顔の前につきたてながら
墨田「(鋭く)いますぐ家に帰って荷物をまとめろ」
紅谷「・・・」

 暗転


第四章  勝負
 明転
 ここはスタジオ
スタジオに入ってくる山本。
 そこにはすでに、白井がいた。
 それもセットで寝ている。
 かなりの爆睡らしく、寝返りを打ったりしている
 暗幕を毛布がわりに。
 山本、それを見ながら、邪魔しないように端っこに腰掛けようとする。
 すると、白井、目が覚めてしまう
白井「(山本を寝ぼけ眼で見る)」
山本「!(座りそうになりかけで立ち上がってしまう)」
白井「・・・あの」
山本「はい?」
白井「セットに腰掛けるのはやめてください」
山本「?・・・監督・・・こそ、寝てますよね」
白井「あたしはいいんです」
山本「!」
白井「?・・・なにか」
山本「・・・なんでも(ありません)」
 白井、山本が立ったのを見届けると、また寝始める
 山本、所在無げにその辺をうろうろする
白井「(目をつぶったまま)映画を作るのは誰なんでしょうかね」
山本「え」
白井「いや、朝のあの出来事終わってからずっと考えていたんです」
山本「・・・」
白井「あたしたち監督でしょうか。それともたくさんいるスタッフさんでしょうか。」
山本「・・・」
白井「役者さんでしょうか」
山本「それは・・・」
白井「・・・」
山本「みんなでしょう」
白井「・・・」
山本「あたしたち裏方がいなけりゃ、役者だってただの人間です。カメラを回す人がいる。照明を当ててくれる人がいる。衣
  装さんがいて、メイクさんがいて、大道具さんがいて、それのまとめに助監督と白井さんがいる。吉田美鈴がいてそのつ
  き人としてあたしがいて」
白井「みんなが作っていくんですかあ」
山本「ええ」
白井「みんなですかあ・・・」
山本「?」
白井「主役ってなんだと思いますか?」
山本「主役・・・」
白井「そう。話の中のど真ん中。話を進めて、ときにはおいしいところを脇役から奪い取るのが主役・・・ってわけでもないんですかね?」
山本「さあ、それは・・・」
白井「あーあ、なんでこんなことになっちゃうんだろうなあ。そんなに主役って魅力的なんですかね」
山本「吉田には吉田なりの思いがあってのことでしょうから」
白井「その思いのために・・・ひとりの新人をつぶしてはどうかと思うんですが・・・」
山本「!」
白井「ちょっと控え室の前を通りかかったとき聞こえたんです。」
山本「・・・」
白井「紅谷さくらをつぶしてほしいって・・・美鈴さんが頼んでるところ」
山本「そ、それは」
白井「山本さんが知り合いの探偵だかなんだかに頼んでみるとかいったところも」
山本「んな、ばかな」
白井「山本さん」
山本「あたしたちは」
白井「(さえぎるように)勝負の前にそんなのでいいんですか?」
山本「だからさきほどから(あなたの聞き違いだといってるじゃありませんか)」
白井「さくらさんはここに戻ってこないかもしれない・・・ですよ」
山本「・・」
白井「あなたは大変なことをしてくれましたね」
山本「!」
白井「あたしの思いはひとつ。いい映画を作ること。お金をいくら儲けるとか、吉田美鈴がウケればいいとかそんなことは一切考えていません。」
山本「・・・」
白井「あたしが選んで・・・責任持って呼んだ役者がここに来ないというんであれば・・・この映画を辞めます」
山本「そんなことしなくても」
 そのとき
吉田「辞めるんだぁ?」
 気がつくとそこには吉田がいた
吉田「このあとがんばろうと思ったのに・・・」
白井「い、いや、そのくらいの(思いですよ)」
吉田「(さえぎって)ミスキャストなんだから仕方ない」
白井「美鈴さん」
吉田「・・・あたしの思いも知らないくせに・・・」
白井「え?」
吉田「つぶすってのは言葉のあや」
白井「そんな」
吉田「あの演技は主役じゃない。」
白井「・・・」
吉田「主役がどれだけ厳しくて。責任があってやらなきゃならないのにあれはどうなの?なにもないじゃない!」
白井「まだ新人なんだから(しょうがないですよ)」
吉田「(さえぎって)それが甘えてるっていうこと」
白井「!」
吉田「あの娘に本当に少しでも自覚があるなら・・・本当に女優としてこれからここで生きていくんだったら・・・必ず戻ってくる」
白井「!」
吉田「あたしは・・・それにかける」
白井「美鈴さん・・・」
吉田「いいものを作りたいもん」
白井「・・・はい!」
山本「ま、待ってください」
吉田「?」
山本「あの娘が戻ってくるかどうか・・・」
白井「え」
山本「美鈴さん、彼は、やりますよ」
吉田「そんな」
山本「徹底的に。依頼されたものは確実にやります」
白井「まずい!」
山本「あの娘と・・・会ってますよ」
ふたり「!」
山本「(みんなをみまわしてうなづく)探してきます」
 山本、バックを置いて、急いではけようとする
吉田「なおちゃん!」
白井「どこにいるかわかるんですか!」
山本「わかります!」
ふたり「!」
山本「彼の手の内はあたししか知らないですから」
 山本、はける
 見送る吉田と白井
暗転



















明転
 ここは東京駅。
 ホームにはたくさんの人々が待っている
 鳴り響く機関車の汽笛
 紅谷がよろよろと端から出てくる。
 目はうつろに、ボーっと歩いてくる
 そして立ち位置に立つ。
 どうやら電車を待っているらしい
 そこに息せきかけて山本がやってくる
山本「ここまで・・・来てしまいましたか」
紅谷「(振向く。山本の姿を確認して驚く)」
山本「・・・」
紅谷「?どうして・・・ここが・・・」
山本「帰りましょう」
紅谷「え」
山本「スタジオに・・・帰りましょう」
紅谷「・・・いいんです」
山本「え」
紅谷「もう・・・いいんです」
山本「でも」
紅谷「美鈴さんに伝えてください」
山本「・・・」
紅谷「あんなにでしゃばっちゃって・・・ごめんなさいって」
山本「・・・」
紅谷「そうですよね。ちょっと落ち着いて考えたらわかることですよね。あたしみたいな田舎者が、あんな人と・・・それも脇に追いやってまであたしが主役やるなんて・・・」
山本「・・・」
紅谷「さようなら」
山本「・・・」
紅谷「いい勉強なりました。」
 紅谷、礼をして、ハケようとする
 そのとき
山本「吉田美鈴と戦ってください」
紅谷「(足を止める)」
山本「ごめんなさい。あの男をあなたのところに送ったのは・・・あたしです」
紅谷「!」
 静かに山本、腰を折る
 そして、紅谷に土下座する
山本「申し訳ございませんでした」
紅谷「・・・」
山本「電報がどうのっていってたでしょう?」
紅谷「は、はい」
山本「あれはあの男が作ったものです。」
紅谷「!」
山本「刃物で脅されたでしょう?」
紅谷「はい」
山本「あれは十年以上昔から人の体ひとつ切ることができない、つるつるの偽物なんです」
紅谷「・・・」
山本「人を傷つけるのは怖いんです。その思いなんです」
紅谷「・・・」
山本「人を陥れておいて、今更あやまるのは都合よすぎます。わかります。あたしが・・・一番、なにもできなかった・・・」
紅谷「・・・」
山本「言いたいことも言えなくて・・・おもてのことばかり見てて・・・」
紅谷「そうだったんですか・・・」
山本「なにもできない・・・ただ必死に歩くことしかできなくて・・・」
紅谷「顔をあげてください」
山本「できません」
紅谷「顔を上げてください!」
山本「!」
紅谷「ありがとうございます。」
山本「・・・」
紅谷「正直に言ってくださってありがとうございます。」
山本「・・・」
紅谷「あたし、東京を憎みながら帰るところでした。せっかく、自分の夢、一歩いけたかなと思っていたところだったから」
山本「・・・」
紅谷「でも、本当に考えなきゃならなかったのはあたしなんです。あたしの本当の思いです」
山本「!」
紅谷「美鈴さんのお芝居を見て、それにただあこがれて、自分の今ある力ってものをぜんぜん省みなかった。自分の力がどれだけあって・・・どこの引き出しを使えば、その演技ができるのか。役の心を、もっと台本を読みこめば少しはあたしの目の前にひらけたかもしれないって。あたしは、そんな土台も完成しないままにスタジオに立ってたんです。そして、なにもかえることも出来ずに、ずっとテイクばかり重ねてった。」
山本「・・・」
紅谷「監督さん、裏方さんみんなに朝まで付き合ってもらって、いいものを作ろうって必死になってるところで、あたしはずっと同じことしかできなくて・・・申し訳なく思っても、なにもできなくて・・・。」
山本「・・・」
紅谷「実家に帰ります」
山本「!」
紅谷「美鈴さんが主役やれば、もっと素直に撮影すすむでしょうし・・・いい映画になる」
山本「・・・」
 紅谷、またハケようとする
山本「スタジオに行ってからにしませんか?」
紅谷「!」
山本「今日最後の汽車まで時間があります。」
紅谷「・・・」
山本「もう一度・・・立ってもらえませんか?」
紅谷「あたしはもう(ムリです)」
山本「ムリなんかじゃない」
紅谷「え・・・」
山本「ムリなんんて一回考えないで・・・ただ目の前にいる美鈴さんの前でもう一度演じてみませんか」
紅谷「・・・」
山本「お待ちしています」
紅谷「・・・」
 山本、紅谷の手をとる
 そして、山本、一気に走ってハケる





 紅谷、手をずっと見る。


 ひとつの思い
 自分の夢
 

 紅谷、決意をする。
 そしてホームとは反対側へ
暗転

明転
 ゆっくりと、吉田が入ってくる
 そして時計を見る
 白井も入ってくる
 ちょっと落ち着かない白井
 その間に吉田は舞台中央に立つ
 目をつむって集中している
 そこに山本が入ってくる
白井「どうでしたか?」
山本「・・・わかりません」
白井「そんな」
山本「・・・でも・・・来ると思います」
白井「え」
山本「あたしの・・・勘ですが・・・」
吉田「静かに!」
ふたり「!」
 吉田、静かに目を開いて、ハケ口を見つめる
 すっと、紅谷が現れる。
 帰る格好で。
白井「さくらさん・・・」
紅谷「(白井を見る)」
吉田「ほらね」
紅谷「(吉田を見る)」
吉田「・・・さあ、やろうか」
 紅谷、荷物を置いて、着替える
吉田「どうぞ」
紅谷「・・・お願いします」
白井「それでは、朝言ったとおり、最初の二行で主役を決めたいと思います。先攻後攻は公平を期すためにこの十円玉の裏表で決めます。」
ふたり「はい」
白井「それでは・・・」
紅谷「監督」
白井「はい」
紅谷「裏表は・・・美鈴さんに決めていただいていいですから」
吉田「?」
紅谷「お願いします」
吉田「・・・」
白井「美鈴さん?」
吉田「表」
白井「さくらさんは?」
紅谷「(裏で)かまいません」
白井「では・・・」
 白井、十円玉を天高く放り投げる
 そして、手で押さえる
 開く
白井「さくらさんが、先です」
紅谷「・・・はい」
白井「それでは・・・準備を」
 全員、セットからはける
 紅谷、ひとりセットの上へ。
 ヘアバンドを軽くなでて、精神集中
白井「さくらさん、準備はいいですか?」
紅谷「はい」
白井「それでは・・・よーい、アクション」
 紅谷、一気に目を見開くと朝とはまるで違った演技をする
紅谷「ああ、幸助様・・・」
 全員、紅谷を見る
 紅谷は華麗に舞台を横切る
紅谷「この場所に来てくださるといったのに・・・あのひとは・・・あたしよりも戦争を取ったのかしら・・・」
 紅谷、窓越しにさめざめと泣く
白井「そこまで!」
 白井手を叩く
紅谷、ほっとしたような顔で舞台から降りる
吉田「見たかったものがやっと見れた。」
紅谷「・・・」
吉田「甘いところは甘いけど。」
紅谷「・・・失礼しました」
白井「それでは、美鈴さん」
吉田「お願いします」
 貫禄十分に上がる
白井「それでは、よーい、アクション」
吉田「ああ、幸助様・・・」
 吉田朝にもまして華麗な立ち振る舞い
吉田「この場所に来てくださるといったのに・・・あのひとは・・・あたしよりも戦争を取ったのかしら・・・」
 吉田、窓越しにさめざめと泣く
白井「そこまで!」
 白井、手を叩く
 吉田、戻る。
白井「それでは・・・判定を下したいと思います」
 みんな息を呑む
白井「とめ子役は・・・」
みんな「・・・」
白井「紅谷さくらさんでお願いします」
紅谷「!」
吉田「・・・」
白井「紅谷・・・さくらさんで・・・行きます」
吉田「・・・監督」
白井「はい」
吉田「・・・わかりました」
白井「・・・はい」
吉田「(美鈴を向く)」
紅谷「美鈴さん・・・」
吉田「・・・おめでとう・・・」
紅谷「・・・あ・・・ありがとうございます」
吉田「なおちゃん」
山本「はい」
吉田「台本持ってきて」
山本「はい!」
吉田「がんばらなくちゃね」
山本「・・・」
吉田「これからはこの主役を食う演技をしてかないと・・・」
山本「脇役でも・・・必ず見てくれています。」
吉田「そうかなあ」
山本「あたしはそう思います」
吉田「・・・そう思えるようにならないと・・・」
山本「スクリーンの向こう側の人も、天高くどこかから見ているかもしれない佐上さんも、しっかり見ていますよ」
吉田「・・・」
山本「あたしが支えていきますから」
吉田「・・・頼むね」
山本「・・・台本、とってきますね」
 山本、カバンから台本を取ろうとする
白井「撮影再開しまーす」
 吉田たちは、影に移動する
白井「さくらさん」
紅谷「はい」
白井「あの、その頭につけてるバンドなんですけど外してもらえませんか?」
紅谷「!」
白井「邪魔なんですよ。」
紅谷「あ、いや、これは、あの・・・」
白井「え?」
紅谷「・・・外せません」
はけかけた山本、吉田もそっちを見る
白井「とめ子は中流階級の女性です。そんなバンドしませんよ」
紅谷「あ、いや、そうかもしれないんですけど・・・」
白井「とにかく外してくださいね」
紅谷「これにはいろいろと」
白井「どうせ気合入れるためにまいたんでしょ?」
紅谷「あ」
白井「大丈夫。主役はあなたです
 白井、一気にヘアバンドをはずす
紅谷「あ、それは(小声)必要なのに・・・」
白井そんなことも梅雨知らず
白井「それでは本番!よーい・・・アクション」
 カチンコ
 みんなが見守る中
紅谷「(映画のせりふを棒読みで)ああ、こうすけさま・・・」
 一同驚愕する
あのときとかわらないように舞台を横切る
紅谷「このばしょにきてくださるといったのに」
白井「か、カッツ!」
 カチンコ
白井「ど、どうしたの?」
 あわてふためく紅谷
 そこに突然
墨田「すばらしい!」
 墨田、うしろからふらりと登場
 紅谷、驚愕の表情
白井「あ、あの、どちらさまで」
墨田「お!あんたこそ誰?」
白井「あ、あたしは・・・監督です」
墨田「あっそ」
白井「え?」
墨田「用がないなら出てこないでください」
白井「はい」
山本「監督!」
白井「あ!あら~・・・」
墨田「用あるのは・・・そこのあんただ(さくらを指差して)!」
紅谷「!」
 みんな見つめる
墨田「あの輪っかがなきゃ、なんにもできないんだよね」
みんな「!」
墨田「そうだよなあ、ポンコツ!」
 ひとりの男が申し訳なさそうにやってくる
 木村だ
紅谷「き、木村さん!」
木村「も、申し訳ない!」
墨田「話はぜーんぶ聞かせてもらった。(ヘアバンドを手にして)こいつがなきゃ、あんなさっきのことはムリってこと」
みんな「!」
木村「・・・」
墨田「ポンコツのくせにいいもん発明したんだね。株券買っといてほんと助かったよ。早くたくさん作って売ってね」
木村「!」
墨田「(吉田をアゴでさしながら)あんたみたいな役者も廃業だねえ。これ使えばどんな大根シロウトでもみんなうまくなるんだから」
吉田「え・・・」
 墨田、そういいながらヘアバンドを自分の頭に巻きつける
墨田「(奇声をあげてから)たまんない!。今からでも総理大臣なっちゃおう」
吉田「(紅谷に)あんた!」
紅谷「・・・」
吉田「まさか・・・インチキ・・・?」
白井「(紅谷に)そうなんですか?」
紅谷「・・・」
墨田「白状しちゃいなよ。」
白井「さくらさん!」
吉田「ほんとだったら・・・絶対許さない・・・」
墨田「ほら、撮影とまってるみたいだしさ」
白井「どうなんですか!」
 紅谷、観念したかのように
紅谷「・・・はい・・・」
 白井、天を仰ぎ見る
墨田「はいはい、お開きお開き!」
紅谷「・・・」
墨田「(紅谷のところに行って)切符買いなおそっか?ね!」
吉田「あたしは・・・インチキに負けたってこと」
墨田「そういうこった」
吉田「どうりで・・・あんなに・・・変わるわけだ・・・」
墨田「そうそう。」
吉田「(怒りと恥ずかしい)」
墨田「(今度は吉田のところに行って)報酬はしっかりいただきますんで」
吉田「!」
 墨田、大笑いではける
 ヘアバンドは放り投げておく
吉田「(怒り)監督!」
白井「・・・はい」
吉田「そういうことらしいですよ」
白井「・・・は、はい・・・」
吉田「とめ子は・・・あたしがやる」
白井「はい・・・」
吉田「なおちゃん」
山本「はい」
吉田「衣装さん呼んで。とめ子の着物作ってもらうから、あとトキちゃんも・・・」
山本「かしこまりました」
吉田「それから・・・」
山本「はい」
吉田「なおちゃん、帰っていいから」
山本「!」
吉田「あとで社長に新しい付き人手配するように頼むから」
山本「く、くびっていうことですか?」
吉田「こんなインチキに頼るような弱い人間を見抜くことができない付き人なんていらない」
山本「・・・」
吉田「さっきの彼と・・・せいぜい幸せになって」
 そういってから
吉田「(みんなに聞こえるように)トメ子はあたしです。よろしくお願いします」
 吉田、はけて準備しようとする
 そのとき、残された木村、一気に立ち上がると、
 落ちていたヘアバンドを持っていき吉田のところへ
 そしてやにわに、それを吉田にかける
吉田「ちょっと!」
木村「つけてみてくれ」
吉田「やめてよ!」
木村「いいから!」
吉田「いい加減に(して)」
 吉田、ヘアバンドを外そうとする
木村「もう一度演じてみてくれ」
吉田「いや!」
木村「頼む!」
吉田「こんなガラクタなんかつけてられるわけないでしょ!」
木村「やってくれ!」
吉田「なおちゃん」
山本「・・・」
吉田「はやくどけて頂戴!」
山本「・・・」
吉田「監督!」
白井「は、はい」
 白井、木村をつかまえて、はかせようとする
 しかし、動かない
吉田「(山本に)なにボッとしてんだい?」
山本「・・・」
吉田「早く!」
山本「できません」
吉田「え」
山本「できません!」
吉田「!」
山本「・・・だって・・・あたしはもう美鈴さんの付き人じゃないから・・・」
吉田「!」
木村「(ついに白井に腕をつかまれながら)頼む、やってくれ!お願いだ、心からだ!」
 吉田、渋々、舞台中央へ
 そして
吉田「ああ、幸助様・・・」
 吉田いつものとおり
吉田「この場所に来てくださるといったのに・・・あのひとは・・・あたしよりも戦争を取ったのかしら・・・」
木村「(さえぎるように)わかるだろ?」
吉田「?」
木村「気づかないのか?」
吉田「なにが?」
木村「吉田美鈴とも言う大女優なら絶対わかるはずだ」
吉田「・・・なんにも?・・・」
木村「は?」
吉田「え?」
木村「本当に気づかないのか?」
吉田「ああもう!なんにもなかったって」
 吉田、ヘアバンドを外して放り投げる
木村「わかってるじゃないか!」
みんな「?」
木村「ただのゴムなんだ」
 木村、バンドを引っ張る
木村「種も仕掛けも、八百長もなんにもない。ただのおっきな輪ゴムってことよ」
吉田「そんな!」
木村「(紅谷にむかって)あんた!」
紅谷「!」
木村「さっきのあんたの演技は、こいつの影響もなーんにもうけてない。」
紅谷「・・・」
木村「あんた自身の・・・あんたの本当の演技だったってことだ」
紅谷「・・・」
木村「おれの娘のふりして助けてくれたじゃないか。あのときのあんたを見て気づいた。この子は、自分の心に自信がもてないんだって」
紅谷「・・・」
木村「そりゃ、人間こんなにいたら、ずっと自信をもって生きてるなんて奴は少ないかもしれない。でも、自信がもてたら、自分の持ち物にちょっとした鍵とお守りを持てたら、もっとよくなるのにっていう人間、けっこういるんだよ。」
紅谷「・・・」
木村「(ポケットから髪の毛の包みを出して)あんたの覚悟はよくわかった」
紅谷「!」
木村「嘘をついてしまったのはすまない。でも・・・これでがんばれるよな」
紅谷「・・・はい」
木村「映画楽しみにしてる」
紅谷「はい!」
木村「(まわりに)あっと、お騒がせしてしまって申し訳ない。」
 木村、ハケようとする
紅谷「ありがとうございました」
木村「ああ。それとあんたの髪の毛はもうすぐのびるから」
紅谷「!」
木村「あんな薬は次の世紀までには、本当に作るかもしれないね」
 そういいながら木村はける
 みんな、ぼうっとしてる
 吉田、そんな中、紅谷にむかう
 そして
吉田「なにしてんの?」
紅谷「・・・はい?」
吉田「早く!立ち位置着いて」
紅谷「・・・」
吉田「とめ子の相手は・・・あたしなんだから」
紅谷「は、はい!」
吉田「監督」
白井「はい」
吉田「よろしくお願いします」
白井「・・・はい」
吉田「・・・夢じゃないんだよね・・・」
白井「・・・」
吉田「くやしくない映画に・・・しようね」
白井「もちろん」
 白井、紅谷のところへ行く
白井「テイク・・・ああ、いくつだったっけな」
紅谷「六四です」
白井「あ・・・そんなでしたっけ?」
紅谷「お願いします」
白井「(うなづく)」
  白井、監督席へ
  紅谷、準備する
 吉田たちも脇へ
吉田「なおちゃん」
山本「はい」
吉田「コート持ってきて」
山本「・・・」
吉田「寒いの。頼むね。ずっと・・・」
山本「・・・はい」
 山本、コートを肩にかけてあげる
吉田「見届ける。このシーン」
山本「・・・」
吉田「あたしの・・・次の奴の演技を・・・」
 
白井「よーい、アクション!」
 カチンコ
暗転










明転
 ここはスタジオの外
 墨田が座っている
 そこに山本がやってくる
墨田「さてと、成功報酬をもらいましょうか?」
 山本、そばに座る
墨田「領収証はあとでいい?」
山本「ひとついい?」
墨田「え」
山本「成功してないよ」
墨田「!」
山本「あんたの連れてきたおじさんのせいで、あんたが出て行った後、美鈴さん大恥かいたんだから」
墨田「そ・・・そんな・・・」
山本「美鈴さん、怒ってた」
墨田「うそだ」
山本「やっぱりヤクザあがりな男は仕事が雑だって」
墨田「・・・あの、ポンコツ野郎・・・」
 墨田、立ち上がる
墨田「ぶっ殺してくるよ」
山本「殺せるもんですか」
墨田「え」
山本「あのナイフで?」
墨田「・・・」
山本「見た目ばっかり気にしちゃって」
墨田「探偵は外国でも闇の家業だから」
山本「詰めが甘い」
墨田「そうかなあ・・・」
山本「大事なところで高笑いして帰っちゃ。」
墨田「お前の要求どうりにしただけだよ」
山本「たたきつぶされてなかったみたい」
墨田「そんなわけないだろう」
山本「なら、もう一度確認してみれば?」
墨田「え?」
山本「もうすぐ、聞こえてくるかも・・・」
 そのとき、遠くから声が聞こえてくる
白井「オッケイ!」
紅谷「ありがとうございます!」
白井「はい!じゃあ、次はシーン四、まいていきます!」
紅谷「美鈴さん、お願いします」
吉田「はーい・・・あ、なおちゃんは?なおちゃ~ん」
 それを聞いた墨田、真っ青
墨田「な・・・なんで・・・こんなことに・・・」
山本「探してるみたいだから、行ってくるね」
 山本、ハケようとする
墨田「今日という日に、狂わされっぱなしだ・・・」
山本「ん?どういう意味?」
山本「人のせいばっかりにして」
墨田「あ~あ、ビルディングぶったてて、看板立てて、(アドリブで夢をずっと語る)」
 そういいながら、ぼーぜんと墨田、はけていく














最終章 輪廻
 独りぼっちになった山本

 その脇から、天国のときの格好で、吉田がやってくる
吉田「なおちゃん」
 振向く
 そしてまわりを見渡す
 そこは天国
吉田「戻ってきたよ」
山本「・・・」
吉田「あいつは将来のなおちゃんのだんなさんだもんね。」
山本「!」
吉田「やっぱり、あたしはこのときを強烈に覚えてるんだなって思う」
山本「あたしも忘れられません」
吉田「人生を変えた一日」
山本「なにかが変わっていきましたね。」
吉田「その年の映画賞はこれだもんね」
山本「紅谷さくらが主演女優賞、美鈴さんが助演女優賞、作品賞、監督賞・・・」
吉田「映画賞を総なめだって騒がれた」
山本「ええ・・・」
吉田「この後、ずっと脇役ばっかりだった」
山本「・・・」
吉田「死ぬ前に出た映画も、最後の最後まで、あたしはずっと脇から主役の子達をずっと見つめていた」
山本「そういう仕事ばかりとってきたあたしにも責任あります」
吉田「ほんとだよ・・・」
山本「・・・」
吉田「念のためにいうけど、あたしはあのとき、本当に素直に脇役やってたってわけじゃないからね」
山本「・・・」
吉田「家帰ってから・・・けっこう泣いたんだから」
山本「・・・」
 そのとき鐘が鳴り始める
山本「?」
吉田「そろそろだね」
山本「え」
吉田「生まれ変わりの門に行かないと」
山本「!」
吉田「今のは・・・五分前の予鈴かな・・・」
山本「・・・」
吉田「それじゃ、天国を楽しみな。」
山本「え、あ・・・」
吉田「じゃあね」
 吉田、はけようとする
山本「待ってください」
吉田「(ため息)なんだいなんだい」
山本「さっきの言葉がずっと引っかかるんです」
吉田「さっき?」
山本「あたしは生まれ変わったら女優になりたくないって」
吉田「ああ、あれかあ」
 吉田、ドアを見る
吉田「あのドアを抜けて、生まれ変わりの門をくぐると、あたしはどんどん年を戻していく。二五、二四、二三・・・そしてあたしは赤ん坊になって、下界のだれかのおなかの中に入る。
   その生まれ戻りのときに、あの思い出を背負ってたら、赤ん坊になって生まれてもずっと覚えてるような気がして。新しい人生歩いていくっていうのに、何にも面白くないだろうなって思ってね」
山本「・・・」
吉田「今度は女優なんかじゃない、普通の女の子に・・・なおちゃんみたいに、普通に暮らしてみたい。」
山本「・・・」
吉田「じゃ。」
 吉田はけようとする
山本「それでいいんですか」
吉田「(止まって)」
山本「美鈴さんが持ってるすべて。そのままきれいにしちゃっていいんですか」
吉田「・・・」
山本「もう一度、これからのあの世界のためにそして・・・美鈴さん自身のためにも、役者になってもらえませんか?」
吉田「あたしの・・・ため・・・」
山本「新しい役者として、紅谷さくらのように、また新しい時代の女優としてつなげていってほしいんです。」
吉田「・・・」
山本「人間は時代とともに老いていきます。どんなにいい女優でも、いつか必ず自分の思いとは裏腹に体が追いつかなくなる日がきます。そのためにもつなげていってほしいんです」
吉田「ふける前にあたしは、次につないじゃったんじゃないかな」
山本「・・・」
吉田「あたしじゃなくても、まただれかがつないでいくさ」
山本「それじゃだめなんです」
吉田「え」
山本「役者の思いを持ってる人じゃないと、うまくつながらない・・・」
吉田「・・・」
山本「気づかなくても、必ずその思いはいつか身体に出てきます。紅谷さくらのように・・・」
吉田「・・・そうかあ・・・」
山本「思いは・・・なによりも強いですから」
吉田「・・・」
山本「きっと・・・」
吉田「・・・ずっと・・・役者で生きてきた思い・・・か・・・」
山本「はい」
吉田「・・・」
山本「・・・」
吉田「もし、また思いが新しい自分の身体に出てきたら・・・死ぬまで主役やるからね・・・」
山本「はい・・・」
吉田「絶対」
山本「・・・」
吉田「新しくなったあたしを見てくれる人のために・・・もう一度・・・歩いてくるよ」
山本「・・・はい」
吉田「・・・なおちゃん・・・」
山本「・・・」
吉田「考えてみたら、なおちゃんには感謝するってこと、ずっとしてなかったね」
山本「いいんです」
吉田「ううん」
山本「・・・」
吉田「あたしが・・・吉田美鈴としての最後の言葉」
山本「・・・」
吉田「・・・ありがとう・・・」
山本「・・・」
吉田「ありがとうね・・・」
山本「・・・ありがとう・・・ございました」
吉田「・・・次になおちゃんが生まれ変わったら・・・必ず会いに行くから」
山本「はい・・・」
吉田「それまで・・・ここでしっかり働くんだよ」
山本「はい」
吉田「あたしの思いがなおちゃんを忘れないから・・・ずっと今の思いを忘れないでいて・・・」
山本「・・・美鈴さん・・・」
 再度、鐘が鳴る
 吉田、ハケはじめる
山本「美鈴さん!」
吉田「・・・」
山本「お元気で・・・」
吉田「(うなづく)」
 そして吉田はゆっくりとドアの方向に歩いていく
 見送る山本
 音楽マックス 照明フェイドアウト
 













 暗転の中
医者「おめでとうございます」
母「(息切れ)あ・・・ありがとうございます」
医者「女の子!お母さんに似て元気な子だ・・・おいおい、大きな声だなあ・・・」



 END