登場人物
鬼山田英子 CUCU MOVIES プロデューサー(後の支配人)
藤岡 為蔵 映画館主
藤岡 智 二代目映画館主
伊藤 まや 為蔵初恋の女の子
高田 万作 施工業者(後の映写技師)
藤岡 徳子 為蔵の妻
プロローグ 思い出の映画館
客電オフから明転
テーマ曲イン
緑の風景がこだまする
そんな映像が流れてる。
ここは大手企業の経営するミニシアター系の映画館。時間は朝七時。
ひとりの老人が入ってくる
藤岡智だ。
館内を見回して、ひとりいすに座る
ゆっくりと息を吸い、まわりをもう一回見直す
そして映像を見る。
映像と音は急にバチっと切れる
ブースから映画館の支配人である鬼山田英子が出てくる。
鬼山田「来ちゃいましたか」
智、声の方向を振り向く
鬼山田「おはようございます」
智「・・・せっかく見てたのに」
鬼山田「あたしひとりでセレモニーしたかったんだけどなあ」
智「セレモニー?」
鬼山田「ええ」
智「カメラテスト?」
鬼山田「そうです。」
智「しっかりあのときみたいなカウントダウンしたのか?」
鬼山田「もちろん。」
智「たったひとりで?」
鬼山田「ブースでひとり盛り上がってました」
智「ふん・・・」
鬼山田「なんってったって今日からここは、あたしのものですから」
智「・・・そうだなあ」
鬼山田「智さんのお小言も今日からは一切聞きませんからね」
智「あんたのもんになった以上は、なんもいわないよ・・・」
鬼山田「それもさみしいですね」
智「はは、まったく」
鬼山田「でも、来ちゃいましたか?」
智「・・・習慣みたいなもんだからかな」
鬼山田「勝手に足が向いちゃうんでしょうね」
智「心じゃコントロールできなかったよ」
鬼山田「でも大丈夫でしたか?」
智「ん?・・・ああ、外か」
鬼山田「(外の音を気にして)季節はずれの台風ですから」
智「・・・あの時とおんなじだ・・・」
鬼山田「どうしてこうもいっしょなんですかね」
智「運命なんだよ」
鬼山田「・・・運命ねえ・・・」
智「そうさ。ここのオープンには嵐がお似合いってことだ」
鬼山田、智にキャラメルを持ってくる
智「(にっこり)」
鬼山田「しっかり仕入れましたよ、森永のキャラメル」
智、口に入れる
鬼山田「(その智の顔を見る)」
智「・・・」
鬼山田「・・・」
智「・・・うまい」
鬼山田「味はずっとおんなじですよ」
智「いいものは、どんなに時代がたってもかわんないもんだ」
鬼山田「値段は変わりましたけど」
智「ふん。・・・キャラメルは・・・森永に限るな」
鬼山田「どっかで、うるさいくらい聞いた台詞」
鬼山田もキャラメルを食べる
鬼山田「これを食べると・・・思い出しちゃいません?」
智「・・・」
鬼山田「あたしは、絶対に思い出しますよ。ここのオープンの日」
智「・・・昨日のように覚えてるよ」
鬼山田「世界でここだけ、キャラメルを食べながら見る映画館」
智「それが売りだったから」
鬼山田「そう。でもあれから四十年。」
智「・・・」
鬼山田「Time flies」
智「ん?」
鬼山田「光陰矢の如し。月日は非常に早く過ぎる。」
智「・・・」
鬼山田「アメリカ行って一番初めに覚えた言葉です」
智「父さんに怒られるぞ。横文字使うな!って」
鬼山田「聞いてますかね?」
智「知らないよ。草葉の陰から『おい!』って」
鬼山田「またあの長い説教が始まるんですかね?」
智「そうだよ。正座してさ、聞かなきゃなんないんだよ」
ふたり笑いあう
そして
鬼山田「今でも為蔵さんの夢みちゃいますか?」
智「(軽く笑って)・・・」
鬼山田「あいかわらず・・・夢の中では怖いんですか?」
智「(笑い)こわくなんかない。」
鬼山田「へえ」
智「確かに、怒られる夢はまだ見るよ。・・・あっちからけしかけてきて、おれが反抗して・・・喧嘩になって」
鬼山田「・・・」
智「最後はふたりとも母さんにどなられる。」
鬼山田「まさに家族ならではのチームワーク」
智「そんなんじゃない。いつもの流れ・・・、マンネリな時の流れだっただけさ」
鬼山田「うらやましいですよ」
智「そんなことは思うな。だれもが自分の親が一番だって、・・・大人になってから気づくんだ」
鬼山田「・・・」
智「・・・心残りといえば・・・」
鬼山田「?」
智「・・・あの背中なのかな・・・」
鬼山田「・・・」
智「あの背中の前には・・・たどりつけなかった」
鬼山田「智さん」
智「・・・」
鬼山田「・・・ずっと・・・聞きたかったことがあります」
智「・・・(うなずく)」
鬼山田「目が・・・ずっと為蔵さんを・・・追いかけてる」
智「・・・」
鬼山田「なんでそんなに為蔵さんにこだわるんですか?」
智「・・・なんでだろうな・・・」
鬼山田「・・・」
智「俺もときどきわかんなくなるときがある」
鬼山田「・・・」
智「おれは父さんから生き方を手取り足取り教わった覚えはない。」
鬼山田「・・・」
智「覚えてるのは、けんかでできた痛みと・・・あの背中越しの景色だけなんだ」
鬼山田「背中・・・」
智「いつも後ろを歩いていたような気がする。前歩いたらなんかびっくりしそうな気がして。」
鬼山田「・・・」
智「背中はいろんなことを教えてくれて、そして教わりたいことを教えなかった。がんばれ
ばかんばるほど、あの背中は頑固なまでに口を閉ざして距離を置くんだ。
おれは下から上を見て、濡れた目で途方に暮れる・・・。そしてそのまま、まさに暗中模索の青春時代をすごす羽目になるんだけどね」
鬼山田「あたしと会ったころは、そんなときだったんですね」
智「そうだ。なんにもわかんないで、うろうろしてたんだ。」
鬼山田「・・・」
智「だから・・・父さんにこだわるのは、あの近くて遠い距離にふみこめなかった・・・自分
への未練なのかもしれない。」
鬼山田「・・・」
智「そんな思いで、ここまで来たよ」
鬼山田「・・・」
智「ずっと聞きたかった質問の、答えになってるかな?」
鬼山田「・・・」
智「ならなかったかな?・・・」
鬼山田「智さん」
智「・・・」
鬼山田「この際、もう一度、謎解きにいってみませんか?」
智「はは、どうやって」
鬼山田「思い出すんです」
智「思い出す・・・」
鬼山田「そう。この二○四四年から二○○四年まで、一気に心のフィルムを巻き戻してみませんか?」
智「・・・」
鬼山田「そして、このスクリーンに上映してみましょうよ」
智「・・・」
鬼山田「智さん!」
智「・・・できるかな・・・」
鬼山田「できますとも。」
智「・・・」
鬼山田「検証ですよ。検証。」
智「・・・」
鬼山田「わからないことは、そのままにしてるといつまでたってもわかんないですよ」
智「・・・あんたはあいかわらずポジティブだなあ」
鬼山田「そうじゃなきゃ、映画会社の社長なんてやってられませんから」
智「なるほど・・・」
鬼山田「ほら、感心してないで。」
智「そうだな」
鬼山田「一気に・・・巻き戻しますよ」
智「ああ・・・」
暗転
第一章 父の理由
二○○四年秋、東京。
そのかたすみの一軒家。そこが、藤岡家である
閑静な住宅街
昼。
そこにひとりの施工業者がやってくる。
高田万作である。
万作「ごめんください」
誰も出てこない。
万作「すいません」
遠くのほうから徳子が
徳子「はーい」
エプロンで手をふきふきしながらやってくる
徳子「あら・・・」
万作「高田といいます。」
徳子「はいはい」
万作「藤岡為蔵さんにお会いしたくて」
徳子「聞いてますよ。さあさ、どうぞ」
万作、家にあがる
そして茶の間に案内され、
そこには為蔵がいる
万作「こんにちは」
為蔵「よく来たね。」
万作たったまま
万作「・・・」
為蔵「ま、座んなさい」
万作「はい」
徳子「今、お茶入れてきますからね」
万作「あ、はい」
徳子はける
為蔵「さっそくだが図面を見せてくれるか?」
万作、かばんから図面を出す
為蔵「(図面を見ながら)こんなもんか・・・」
万作「・・・気に入らないですか?」
為蔵「うーん、なんかぴんとこないな」
万作「今度、これの模型をお持ちします」
為蔵「ほう、そんなもんがあるんか」
万作「平面で見るからつまらないのかもしれません。小さいけど立体で見れば、自然にわかると思います」
為蔵「おぬし、なかなかやるなあ」
万作「それほどでも」
為蔵「頼もしいな」
万作「・・・」
為蔵「あれ?そういえば、もうひとりは?」
そのとき息せき切って二十代の鬼山田登場
鬼山田「遅れてすいません!」
ふたり「!」
鬼山田「はじめまして、鬼山田と(申し上げますといいながら名刺を差し出そうとする)」
為蔵「ばかやろう!」
鬼山田「!」
為蔵「おれが時間を守らん奴ってえのが大っ嫌いってことは、じゅうじゅう承知だろうが!」
万作「!」
鬼山田「ああ、はい!もうしわけございません!」
為蔵「おまえみてえなんが世間で幅をきかせるから日本はだめになっちまう。常識知らずめ!」
鬼山田「申し訳ございません!山手線が人身事故で・・・」
為蔵「だったら早く家を出ればすむ問題じゃないか!」
鬼山田「はい!」
そのとき、息子である二十代の智が裏から大声を聞いて現れる
為蔵「この期に及んで言い訳するとは・・・」
鬼山田「・・・」
為蔵「顔も見たくない・・・!」
鬼山田「・・・」
為蔵「帰れ」
鬼山田「!」
為蔵「この計画は別の会社に移すことにする」
鬼山田「お許しください!」
為蔵「(ため息)こっちの男はかなりおれのためになってくれそうだったんだが・・・」
鬼山田「(万作を見る)
万作「(俺をみないでくださいよ・・・)」
為蔵「(万作に)お前さんは、つくづく運が悪いやつだ。こんな相棒組まされて・・・」
万作「あ、あの・・・」
為蔵「(鬼山田に)まったく、ざ・ん・ね・ん・だ・よ!(イヤミ)」
智「父さん!」
ふたり「!」
為蔵「(じろりと智を見る)お前は来るな」
智「なにやってるの?」
為蔵「行け!」
智「行けねえよ。あんな大声出してちゃ恥ずかしくて近所歩けねえよ」
為蔵「子供は入ってくんな」
智「二十歳越えてんだよ!」
為蔵「うるさい!何歳になろうがお前はいつまでも子供なんだ!」
智「顔見れば毎回毎回子供子供って、そんなに人に自分のポリシーを押し付けるのは良くないと思う」
為蔵「なんだと!」
為蔵、智にくってかかる
智「大体にしてこんな世の中で父さんみたいな人がいるから、若いいい芽が育たないんだ!」
智も応戦する
ふたりとっくみあいになる
為蔵「(とっくみあいながら)若い芽を育てるために、おれたちががんばってるんじゃねえか!」
智「若い世代にいい加減、渡せばいいんだよ!」
為蔵「だめになるにきまってるじゃねえか!」
智「はっきりいうよ」
為蔵「言ってみろよ!」
智「邪魔なんだよ!」
為蔵「うるせえ!」
ひとしきりとっくみあい
智「あったまきた!じゃあ父さんになんかできることあんのかよ?」
為蔵「あるさ」
智「なんだよ!」
為蔵「映画館だ!」
智「は?」
為蔵「映画館なんだよ!」
智「え、えいが・・・」
すきをついて為蔵、一発、智にお見舞いする
智「!」
智、へたりこむ
智「いってえ・・・」
為蔵「(上から)いいか!・・・あと一ヵ月後に駅前の松屋の上んとこに映画館を建てる」
智「!」
為蔵「おれの映画館だ!」
智「父さん、頭、くるったか?」
為蔵「ぼけてなんかいねえ。」
智「でもそんな、そんな金どこにあるんだ!」
為蔵「退職金だ!」
智「た、退職・・・」
為蔵「お前にはずっと黙ってたけどな、おれは明日で会社を辞める」
智「明日って・・・定年まであと四ヶ月じゃねえか」
為蔵「退職金に定期預金を足すから当分食っていける。あとは売り上げでなんとかなるだろうよ」
智「え?なんとかなるだろうよってそんなぼんやりした未来予測で生きてけるわけないだろうよ」
為蔵「だったら失業保険でもなんでもあるんだよ!」
智「無理だ」
為蔵「あ?」
智「無理だ。納得できない。」
為蔵「お前にはとめられん」
智「止めてみせるさ」
為蔵「あきらめるんだ。」
智「そっちをあきらめさせるさ」
為蔵「出て行け!」
そこに
徳子「いい加減にしなさい!」
お茶を持って徳子が現れる
ふたり「・・・」
徳子「(一転、にこにこしながら万作と鬼山田に茶を出しながら)すいませんね、うるさい親子で」
鬼山田「は、はあ・・・」
徳子「(今度は父と子にむかって)あんたたち、人様がいる前でなんてことしてくれんの!」
為蔵「こいつが大人の話にはいってこようとすっからだよ」
智「なんだと!」
徳子「はいはいはい!ほれ、ふたりともお客さんに向かってあやまんな!」
ふたり「(そっぽむく)」
徳子「ほんと強情張りなとこだけは親子なんだから!(むりやりふたりの頭をつかんでお辞儀させる)ほれ・・・はい、すいませんでしたって。ほんと、ごめんなさいね!」
智「(その手をふりほどいて)ねえ、母さん、今の話聞いた?父さん、会社辞めて、退職金ぶちこんで映画館作るんだってさ。僕と母さんのことないがしろにしてさ。父さんの自己中心もここまで来ると怒りを通り越して・・・あきれて、笑うしか(ないよね)」
徳子「(さえぎるように)知ってましたよ!」
智「!」
徳子「(為蔵を見ながら)・・・とっくの・・・昔にね・・・」
智「母さん・・・」
為蔵「(手をほどいて)、(息子を)頼むわ」
徳子「はい」
徳子、智の手をとり、別室にいこうとする
智「ちょっと待ってよ」
徳子「いいから」
智「納得いく説明受けてないんだよ」
徳子「あたしが、したげる」
智「母さんじゃなくて」
徳子「ほら行くよ」
徳子、強引にその場から去る
あぜんとしている鬼山田と万作
為蔵、それに気づいて
為蔵「ははは・・・」
ふたり「・・・」
為蔵「いやー・・・見苦しいもんをみせちまった」
鬼山田「・・・」
万作「・・・」
為蔵「・・・さっきは遅刻ごときで・・・あー、大人気なかった」
鬼山田「あの、反省しております。言い訳がましくて本当に申し訳ございませんでした」
為蔵「これに懲りたら、気をつけるってこったな。」
鬼山田「はい、肝に銘じときます」
為蔵「じゃ、また邪魔がはいんねえうちにはじめるとすっか。」
鬼山田「はい」
為蔵「お前、名前なんっていうんだ」
鬼山田「あ、わたくし、鬼山田英子と申します。(改めて名刺を渡す)」
為蔵「珍しい名前だね。鬼山田なんて」
鬼山田「よくいわれます」
為蔵「そうだ、おにちゃんってよんでいいか?」
鬼山田「あ、それは」
為蔵「(さえぎって)いいよな?」
鬼山田「あ、はあ・・・
為蔵「おにちゃんね。(万作に)お前さんは?」
万作「高田です。高田万作」
為蔵「万作か」
万作「はい」
為蔵「古風で気に入った!母さんは京都の人か」
万作「いや、群馬です」
為蔵「(予想がはずれて)・・・ぐ、ぐんま」
万作「元ミスイチゴ娘です・・・」
為蔵「いちご・・・」
万作「いちご・・・」
鬼山田「ストロベリー・・・」
為蔵「横文字は聞いてないんだよ」
鬼山田「あ、失礼しました。それではミーティン・・・」
為蔵「あ?」
鬼山田「あ、う、うちあわせのほうをはじめましょうか?」
為蔵「おお、おれがあんたんとこにうちの映画館のつくるのをを手伝ってもらおうと思ったのはひとつ。」
ふたり「はい」
為蔵「直感だ」
鬼山田「ち、直感ですか・・・」
万作「(顔を見合わせて)」
為蔵「ああ、電話帳ひらいてよ、こう、ピンときたんだよ、あんたらの会社の名前んとこで」
鬼山田「そ、そうですか、では実際に当社のデータは」
為蔵「そんなんいらねえいらねえ。数字なんて見たくもねえ。おれと一緒になって、夢を実現させてくれそうだったからだ」
鬼山田「はあ」
為蔵「映画にはロマンがある。映画館にはもっとロマンがあると思う。おまえらもロマンおっかけて、会社やってるんだろ?」
ふたりうなずく
為蔵「ロマン見てえか?」
鬼山田「は、はい」
為蔵「お前さんは?」
万作「ぜひ!」
為蔵「おれも見たくて仕方ねえんだ。がんばろうや」
三人、固い握手
為蔵「よし、話を一気にすすめるぞ!」
万作「はい!」
鬼山田「は、はあ・・・(無理やりな為蔵に心配ぎみ)」
為蔵「うちでは映画は古今東西、おれがおもしろそうだなって思ったのを優先してかけてく。」
鬼山田「あ、では、私どもCUCU MOVIESの映画は」
為蔵「もちろん、おれが見てつまんなければ、かけねえ」
鬼山田「そんな・・・」
為蔵「なんだ、契約違反だとかなんとかいうつもりなのかい?」
鬼山田「あ、いや・・・
為蔵「(ちょっと脅迫的に)遅刻しといて、いけしゃあしゃあといえるもんだな」
鬼山田「あ、それは・・・」
為蔵「(怒り)え?」
鬼山田「す、すいません」
為蔵「(急に態度をくずして)な、一回遅刻したりとか、人と外れたことしたら、ずーっと、死ぬまで言われ続けるぞ!」
鬼山田「はい!」
為蔵「ま、なんとかかけてくよ。」
鬼山田「は、はい。ありがとうございます!」
為蔵「それと映画館で扱うメニュー。最近は、やれシネマこんつくぼうしだとか、なんとかでよ、ポップコーンだ、チキンだ、酒だって、うるせえからよ、ひとつにしぼることにした」
鬼山田「あ、でも、それだと映画興行収入以外にですね、飲食とか物販で売り上げ点数を稼がないと・・・」
為蔵「(さえぎるように)売り上げなんか、くそくらえだ!」
ふたり「!」
為蔵「おれが楽しむためにやってるんだ!。売り上げなんか関係ねえ」
鬼山田「は、はい!」
為蔵「売るのはただひとつ!」
ふたり「(息を呑む)」
為蔵「森永の・・・(絶叫)キャラメルだ!」
ふたり唖然
家の外
徳子にひっぱられて智が出てくる
智「離してよ!」
徳子「いいから!」
智「もう一回父さんと話をさせてよ」
徳子「あたしが全部話す」
智「母さん!」
徳子「ま、座んなさい」
智、しぶしぶ座る
徳子もあとから座る
徳子「父さんが、映画館を作るためにこうなることは、あたしたちが会ったときからわかってった。」
智「母さん、昔話をするのはいいけど、ちょっとは先のことを・・・」
徳子「聞いてくれる?」
智「・・・」
徳子「あんたにずっとこうなることをだまってたことは謝る。」
智「あやまるったって」
徳子「ごめんね。」
智「・・・母さん・・・」
徳子「あたしも、二十年、隠してたわけだからね。共犯だよ」
智「・・・」
徳子「あんたのいいたいこともわかる。あたしだってあのひとのこんな冒険、説得して止められるもんならとっくに止めてるし、」
智「・・・」
徳子「もう別れてたかもしれない。」
智「・・・」
徳子「それでもここまで我慢してきたのは・・・」
智「・・・」
徳子「あたしも、父さんの夢、みてやりたくなった」
智「夢・・・」
徳子「あそこまで言い切るんだもん。ちょっとは信じてやんなくちゃね」
智「信じるっていったって」
徳子「あたしは信じてるよ。あんた以外にもずっと前から、うちの親から、親戚から、いろんな人から、反対され、馬鹿にされてここまできたんだから」
智「・・・」
徳子「あたしが信じてやんなきゃどうすんの。」
智「・・・」
徳子「あんたも、ここまできたらもう同じ穴のムジナよ」
智「・・・かあさんってほんとに古い人だよね」
徳子「言い回し?」
智「うん」
徳子「・・・古いんだろうね。」
智「ふるいふるい」
徳子「こら!(こつん、とやる)」
智「いってえ」
徳子「ふふ・・・実は、あともうひとつあるんだけどね」
智「?」
徳子「約束を・・・まもるためなのよ」
智「約束?」
徳子「うん。父さんがあたしと出会う・・・ずっと前の・・・約束・・・」
暗転
第二章 初恋
時は一九五四年、夏。
昭和二十九年である。
場所は東京、下町のとある映画館
そこに、汗をふきふき、十代の為蔵が入ってくる
イスに座り、ぐったりする。
まわりにはだれもいない。
ベルがなり、暗くなり映画がスタートする
しかし、為蔵はまったく映画を見ない。
そのまますやすやと寝てしまう。
その間にどんどん映画は進み、
中盤。
それまで、だれもいなかった館内にひとりの少女が現れる
そして、為蔵の斜め前の席に座る
人の気配に気づいて、やっと目を覚ました為蔵。
見ると前には少女がいる。
為蔵は話しかける
為蔵「あの・・・」
まや「?」
為蔵「今、ひとり?」
まや「(うなずく)」
為蔵「おれ、為蔵っていうんだ。」
まや「・・・」
為蔵「きみは?」
まや「あたしは・・・まや。」
為蔵「まや、か。変わった名前だね」
まや「そうかな」
為蔵「おれのまわりは花子とか、哲子とか」
まや「そっちのほうがいい。自分の名前、やだ。」
為蔵「なんで?いいよ、その名前。」
まや「やだもん。」
為蔵「そうかなあ。ありきたりなやつよりよっぽどましだと思うけど?」
まや「(画面をみる)」
為蔵、仕方なしに画面を見る
でもつまんなくて
為蔵「ねえ」
まや「なに?」
為蔵「これ、つまんなくない?」
まや「あたしは面白い」
為蔵「そうかなー。わかんねえなー、映画は」
為蔵、あくびをして眠くなる
見かねたまや
まや「あ、そうだ」
まや、隣に置いたかばんからキャラメルを取り出す
まや「食べる?」
為蔵「うわ、森永だ・・・」
まや「今日、お小遣いの日だったから(キャラメルをあげる)」
為蔵「(受け取る)ありがとう」
為蔵、キャラメルを食べる
まや、それを見届けてから食べ始める
為蔵「うんめえ」
まや「よかった。」
為蔵「おれ、甘いの大好き」
まや「あたしも。でもひとりで食べきれないなと思って」
為蔵「こんな箱だったら三十分で食いきるよ」
まや「すごい!」
為蔵「へへ、まあね」
まや「(笑って)面白い人・・・」
為蔵「おれは面白いだけじゃないよ。背は小っちゃいけど、声はでかいし。野球はうまい。」
まや「へえ」
為蔵「大きくなったらさ、野球の選手になるんだ。沢村みたいな・・・」
まや「野球かあ」
為蔵「まやはなんか夢あるの?」
まや「あるよー。でも今は・・・」
為蔵「今は?
まや「秘密」
為蔵「なんだよ、けちんぼ」
まや「けちんぼとは、なによ」
為蔵「だってけちじゃん」
まや「そこまでいうなら、さっきのキャラメル返してよ」
為蔵「返せるわけないよ!神様じゃないんだから」
まや「そっちもケチ!」
為蔵「なんだよ! けちの、けちこさん!けちの女王だ」
まや「最低。ふん!」
まや、そっぽをむく
為蔵「・・・う、うそだよ」
まや「(映画を見てる)」
為蔵「あ、あのさ、この映画ってなんだっけ?」
まや「あたしも知らない」
為蔵「知らないで見てるの?」
まや「そう」
為蔵「すごいな」
まや「為蔵は?」
為蔵「おれは映画嫌いだもん」
まや「嫌いなのにここにいるの?」
為蔵「だって外暑いんだもん。」
まや「なーんだそういこと・・・」
為蔵「うちにいてもさ、父ちゃんが昼間っから酒のんでうるせえからさ」
まや「なんにもしてないの?」
為蔵「うん。昔っからさ、なんか一発あててやるって・・・」
まや「すごーい。かっこいい!」
為蔵「なんにも当たらないんだけど」
まや「あ・・・」
為蔵「おれ、だから、嫌えなんだ」
まや「・・・」
為蔵「まやは父ちゃん好き?」
まや「あたしは大好きだよ」
為蔵「いいなあ」
まや「貿易会社と工場もってるの」
為蔵「すげえ。」
まや「そうかなあ」
為蔵「すげえよ!父ちゃんに爪の垢飲ましてやりてえよ」
まや「おなかこわしちゃうよ」
為蔵「いいなあ、」
まや「ふふ」
二人画面をみてから
為蔵「(あくび)ねえ、さっきから見てておもしろい?」
まや「面白いよ。アメリカのだしね」
為蔵「おれは森繁久弥のラジオドラマのほうが面白いと思うけど」
まや「ふふ」
為蔵「おれさ、今日学校サボってきたんだ。」
まや「学校かー・・・」
為蔵「ん?」:
まや「・・・」
為蔵「あ、まやはどこの学校?」
まや「あたしね・・・行ってないの」
為蔵「え・・・」
まや「ちょっと・・・理由があってね・・・」
為蔵「そうか・・・」
まや「うん」
為蔵「あ・・・でも、いいなー、おれもそんな家に生まれたかったよ」
まや「お嬢様はお嬢様で苦労があるの」
為蔵、まやの横顔を見て
為蔵「きれ・・・い」
まや「ん?」
為蔵「ん!あ、いや、ごめん」
まや「あたしの顔ばっかり見ないで少しは映画見てよ」
為蔵「あ、うん」
為蔵、しばらくスクリーンを見るが
為蔵「ね、このあと・・・ひま?」
まや「映画」
為蔵「だーめなーんだよ。あの汚い字幕見てるとどうしても話がわかんなくなる」
まや「このあとはピアノレッスンがあるから」
為蔵「そんなんいいよ、近くにもんじゃのおいしい店あるんだ。いっしょに行こうよ」
まや「だめ、」
為蔵「えー」
まや「お母さんとの約束なの。ピアノだけはしっかり行くって」
為蔵「約束は破られるためにあるんだよ」
まや「だめ。学校行かなくていいかわりにレッスンだけは続けなくちゃいけないんだから」
為蔵「そんなー、もう戦争はおわったんだよ。池田のじいさん言ってたもん。のーんびり生きなくちゃだめなんだって」
まや「そうだけど・・・」
為蔵「ね、遊ぼうよ」
まや「あたしは・・・一緒に遊ぶなら映画館が好きな人じゃなきゃいや」
為蔵「?」
まや「あたしね、なんでこんなさみしい映画館がにくるのかわかる」
為蔵「いんや」
まや「この雰囲気がいいの。適度に薄暗くて、ゆっくり座れて、お菓子とコーラを飲むの」
為蔵「コーラよりプラッシーのほうがいいよ」
まや「(ため息)つきあってらんないわ。」
為蔵「!」
まや「あんた何歳?」
為蔵「十歳」
まや「まだまだ子供ね。」
為蔵「な、なんだと」
まや「お米屋さんにいってプラッシー買って喜んでるようじゃ、子供なのよ」
為蔵「あったまきた!ちょっと、話してりゃいい気になりやがってよ!おれはたばこも知ってるし、酒ものめるんだぜ」
まや「そういうのを外ヅラだけ大人っていうのよ」
為蔵「・・・」
まや「中身まで大人な人がいい」
為蔵「・・・」
映画がおわり、場内が明るくなる
まや「あたしと遊ぶには五十年はやいわね」
為蔵「あ・・・」
まや、かけていく。
為蔵「(唖然として見送る為蔵)」
暗転
明転
二○○四年夏である
茶の間
話を聞き終えた智といい終わった徳子がいる
智「なるほどね・・・」
徳子「映画じゃなくって、映画館が好きになるってとこが父さんらしいんだけど」
智「普通はそこから映画を好きになっていくんだけどね」
徳子「普通はね。」
智「今の話、父さんから聞いたの?」
徳子「まあね。」
智「初恋の話なんて、母さんそんなの聞いたら、恋人の立場としてあんまり面白くないんじゃない?」
徳子「それがこの話を聞いたのは伊豆の新婚旅行の夜。」
智「ずっと隠してたってわけ?」
徳子「ほんと確信犯でしょ?」
智「ひでえなー。」
徳子「でもそういう、人と変わったとこが気にいったんかね」
智「ごちそうさまです」
徳子「いえいえ」
智「でもたったあれだけで」
徳子「まだ続きがある」
智「聞かせてよ」
徳子「(ため息)つかれたから、今度は父さんから聞けば?」
智「いやだよ。」
徳子「こんなの聞いてる間に、さっさとバイトでもなんでも見つけたらいいんじゃない?」
智「おれはこれからどうやって生きていくかを探してるんだよ」
徳子「そんなルンペンみたいなんに自分探しなんて合わないよ」
智「なんだよー」
徳子「自転車で北海道から沖縄まで行ったり、適当に海ばっかり見てるのが自分探しなんかね」
智「おもいっきり自分探しだよ。誰も知らない土地でぼーっと自分の中にいる自分と対話するんだよ」
徳子「楽しい?」
智「楽しいとかそういう問題じゃないんだって」
徳子「あたしがあんたぐらいのときは裁縫学校通ってたもんだよ」
智「学校で教えてくれたらこんなに悩みゃしないよ」
徳子「大学行きゃ友達のひとりもできて少しはすっきりするかもしれないのに・・・」
智「おれのことはいいからさ」
徳子「じゃ、あとは父さんに聞きな。」
智「全部話すってのはうそなのかよー」
徳子「(脅迫)明日、職安行く?」
智「行くさ!」
徳子「ほんとに?」
智「ほ・ん・と!」
徳子「ったく口ばっかりで、しょうもないんだから」
智「はやく、はやく!」
徳子「はいはいはい。まやって女の子にあって、それ以来その子に会うためだけにそこに通うんだけど・・・」
智「うん」
徳子「ついにそのときが来る」
智「あおってきたぞ!」
徳子「ここでコマーシャル!」
智「バラエティかよ!」
徳子「そう簡単にはいかないよ」
智「もう早く!」
徳子「っていうかさあ・・・もうすぐ・・・父さんの夢・・・かなっちゃうんだねえ・・・」
智「・・・」
徳子「夢を一緒に見られるのは楽しみなんだけど・・・正直、こわいんだよね」
智「・・・」
徳子「あともうすぐ・・・」
智「(励ますつもりで)おれの直感だけど、悪くはならないんじゃないかな」
徳子「(息子を見て)・・・似てる」
智「え・・・」
徳子「ものごとはいいように考える」
智「そうかな・・・」
徳子「顔は四角ても・・・親子なんだね・・・」
智「顔は余計だろ」
徳子「ふふ・・・」
智「(そんな母の横顔を見る)・・・」
暗転
明転
時代は戻って一九五○年
映画館に意気揚々と入ってくる為蔵
そしてまたしても先に座ってるまやに勢い込んで話しかける
為蔵「よう!」
まや「・・・」
為蔵「おい、なんだよ、元気ないな」
まや「・・・いいの」
為蔵「なに落ち込んでんの」
まや「なんでもない。映画の邪魔しないで」
まや、ぷいと画面を見る
すかさず
為蔵「(キャラメルを取りだし)あげる」
キャラメルをまやのひざの上におく
まや「!」
為蔵「初めて会ったときのお礼」
まや「・・・ありがとう」
為蔵「な、ケチじゃないだろ」
まや「・・・うるさい」
為蔵「どっかのけちんぼばばあとは違うんだ」
まや「うるさい!」
為蔵「!」
まや「映画を見てんの!じゃま・し・な・い・で!」
また、ぷいと画面を見る
為蔵「・・・どうかしたの?」
まや「(画面)」
為蔵「おれ、あれから映画ずっと勉強したんだよ」
まや「(画面)」
為蔵「『羅生門』でしょ、『幌馬車』でしょ(手のひらをカンニングしながら)、『赤い靴』『また逢う日まで』『自転者泥棒』」
まや「(そのカンニングを見越して)いちばん面白かったのはどれ?」
為蔵「(手のひらチラリ)や、やっぱ黒澤かなー!黒と白の(ちらり)・・・コントラスト!三船敏郎はすごい!外人もべた褒めだって!あの世界観は世界に通じるんだよね」
まや「見てないでしょ」
為蔵「へ!」
まや「一個も見てないでしょ」
為蔵「そ、そんな・・・」
まや「さっきの『羅生門』のコメント、映画評論家の田村先生じゃない?・・・」
為蔵「(しまった!)」
まや「映画雑誌は立ち読みじゃなくて買って読みましょう」
為蔵「・・・(小さく)オー、ミステイク!・・・」
まや「(カンニングが書いてあった右手をつかまえ)手も・・・あらってから映画を見ましょうね」
為蔵「(がっくり)」
まや「ね?」
為蔵「ごめん」
まや「なんでそんなことやろうと思ったの?」
為蔵「おれだって・・・大人だもん」
まや「無理して大人になんなくてもいいと思うけど」
為蔵「な、なんだよ!この前は、あたしとつきあうなら大人な人がいいって言ったくせに!」
まや「きらいなの!大人は!」
為蔵「あまのじゃくじゃねえか!」
まや「あのときはあんな気分だったの!今は今!」
為蔵「ひでえよ」
まや「ふん!」
まや、映画を見る
為蔵「ああ、もうやってらんないな!」
智、帰ろうとする
まや「待って」
為蔵「?」
まや「(もじもじ)」
為蔵「?」
まや「(為蔵をみる)」
為蔵「な、なんだよ」
まや「ごめん・・・ね・・・」
為蔵「なんだよ、こんどは、しおらしいお嬢様かよ」
まや「・・・」
為蔵「あまのじゃくの、けちのけちこさんには、だまされねえぞ!」
為蔵、帰ろうとする
まや「ちょっと午前中、お父さんとけんかしちゃって・・・」
為蔵「(とまる)」
まや「ごめんね、あまのじゃくで・・・」
為蔵「・・・」
映画が終わる
ちょっと明るくなる
まや「・・・」
為蔵「・・・」
まや「今日で・・・こことも・・・お別れなんだ」
為蔵「!」
まや「明日からアメリカに・・・行くことになった」
為蔵「え!」
まや「今日、急にね、言われたの。アメリカ行くから荷物まとめろって・・・」
為蔵「あ、アメリカ・・・」
まや「父さんね、アメリカ軍の人たち専用の・・・その・・・機械・・・とか作ってて」
為蔵「機械?」
まや「そう・・・うちの工場で作ってた機械がね、あっちのえらい人に気に入れられちゃって・・・」
為蔵「機械って武器だろ?」
まや「!」
為蔵「アメ公の・・・腰ぎんちゃくかよ」
まや「そんなんじゃない!」
為蔵「そうじゃねえかよ!」
まや「!」
為蔵「ラジオで・・・朝鮮がすごいことになってるって・・・」
まや「・・・」
為蔵「日本を自分のものにして、兵隊とか武器とか全部なくさせたくせに・・・なに、いまさらて軍隊作り直して、武器また作らせてるんだ・・・」
まや「父さんが言ってた。世界平和のためならしょうがないって」
為蔵「おやじは、戦争で右手なくした!」
まや「・・・」
為蔵「あいつらに打たれたんだ・・・南の島で・・・」
まや「・・・」
為蔵「将棋が大好きでさ、こうやって・・・左手で駒をかえしてく・・・おれ、それを満てるだけで、心がしくしくするんだ」
まや「あまのじゃく」
為蔵「え」
まや「・・・なんだかんだいってお父さんのこと、好きなんじゃない」
為蔵「そんなことない」
まや「うそ。好きの裏返しよ」
為蔵「うるさい!」
まや「!」
為蔵「そんなご都合主義のやつらに、へこへこついてくやつの娘になんて、いわれたかないよ!」
まや「・・・」
為蔵「まやはおやじのこと、どうおもってるんだよ!」
まや「・・・」
為蔵「まや!」
まや「いえない!」
為蔵「・・・」
まや「そんなの・・・そんなの、いえないよ。」
為蔵「だって」
まや「あたし幼稚園のときいじめられたの。みんなよりもいい服着て肌の色も白かったから、ガイジン、ガイジン・・・ガイジンの娘だーって。あたし、ずっとお便所で泣いてた。」
為蔵「・・・」
まや「そのうち、幼稚園にいけなくなって・・・朝八時になると絶対におなかがいたくなるの。日曜日以外全部。」
為蔵「・・・」
まや「お父さん、いじめられてるの知って、うちのクラスに怒鳴りこんだの。うちのまやをいじめるやつはだれだ!って。そしたらみんなの親から、村八分にされて、それでやめたの」
次の回のベルがなる
まや「あ・・・」
為蔵「・・・」
まや「余計な話しちゃったかな。ごめんね」
為蔵「・・・」
まや「じゃあね。元気でね」
為蔵「・・・」
まや、ドアにハケようとする
そのとき
為蔵「ちょっとまって」
まや「(待つ)」
為蔵「いつ・・・帰ってくる?」
まや「・・・わかんない」
為蔵「おれと遊ぶのは五十年早いんだよね?」
まや「・・・」
為蔵「今から五十年後、おれは日本一の映画館を作る!」
まや「!」
為蔵「メニューはキャラメルだけ。好きな映画をずっとかけっぱなしにする」
まや「・・・」
為蔵「まやに映画館のひとりめのお客さんになってくれないか」
まや「・・・」
場内また薄暗くなる
為蔵「待ってる」
まや、ハケる
為蔵「ずっと待ってるから!」
背中に言う為蔵
完全暗転
第三章 開館日
ニ○○四年。十一月三日
外は嵐である。
季節外れの台風が上陸してしまった。
今日は「シネマ藤岡」がオープンする日である
最後のチェックをする万作。
しかし、智はずっとイスにすわったままだ
外から鬼山田が傘をたたんで入ってくる
鬼山田「ふわー、ぬれちゃった」
徳子「どうです(すかさず、お茶を鬼山田に出そうとする)」
鬼山田「(お茶をことわって)ひっどいなんてもんじゃないですよ。」
徳子「一週間前に日枝神社にお参りに行ったのにねー」
鬼山田「神様も天気はコントロールできないんですね」
そのとき、万作がふたりに話しかける
万作「あの・・・」
鬼山田「あ、万作さん」
万作「桜庭さん、知りません?」
徳子「桜庭さん?」
鬼山田「映写技師さんです」
徳子「ああ」
鬼山田「見てないけど」
徳子「あたしも」
万作「そうですか・・・」
鬼山田「どうしたの?」
万作「(思いつめた表情)」
徳子「ちょっと、どうしたんだい?」
万作「あ、いえ、」
徳子「はっきりしない子だねえ」
万作「不器用ですから・・・」
万作、はける
徳子「・・・高倉健?」
鬼山田「最近、『鉄道員(ぽっぽや)』の話ばっかりするんです」
徳子「なんで今頃・・・」
鬼山田「あと『幸福の黄色いハンカチ』」
徳子「武田鉄矢が売れるきっかけでしょ?」
鬼山田「そうらしいですね。見てないんですけど」
徳子「『トラック野郎』までいっちゃったら、本物だわ」
そのとき、目の前を万作が一気に走る」
鬼山田「・・・トラック野郎・・・」
徳子「なにばかなことばっかりいってるの!」
鬼山田「だって、そうじゃないですか」
徳子「ああいう男っぽいのが好きってことでしょ!」
鬼山田「なるほど」
徳子「へんなとこばっかり感心してないで、父さんが探してたよ」
鬼山田「やばい!」
徳子「この前みたいになったら大変なんだから、さっさといっておいで」
鬼山田「は、はい!」
鬼山田、走ろうとして智に気づく
鬼山田、停止
徳子「(それに気づいて)ずっとこうなんだから・・・」
鬼山田「え」
徳子「・・・あの日からずっと。ふてくされてるんだか、なに考えてんだか・・・」
万作、探しながらあらわれる
徳子、お茶を差し出す
万作、逃げる
徳子、追っかけながらはける
その間に、鬼山田、智のとなりに座る
鬼山田「ブルーですよ」
智「・・・ブルーにもなるさ」
鬼山田「開館パーティのスピーチしなきゃなんないからかしら」
智「そんなんじゃない!」
鬼山田「失礼・・・」
智「・・・」
鬼山田「・・・」
智「・・・あんた・・・映画会社、なんで入った?」
鬼山田「あたしですか?」
智「あんた以外に今ここにいないだろ」
鬼山田「そんなムキになんなくても。」
智「・・・」
鬼山田「あたしは、学生のころから映画大好きだったんです。で、自分でも作ってみたいなって思ったから」
智「それだけ?」
鬼山田「それだけ・・・」
智「・・・単純なもんだ」
鬼山田「世の中、単純なほうがいいですよ。」
智「単純?」
鬼山田「単純、単純。難しく考えるからおかしくなる。聞いたことあるんですけど、天才って最初は勘違いから入ってくんですって」
智「へえ」
鬼山田「たとえば、小さいころからよく人前で歌うのが好きでって人がいるとするじゃないですか?で、いろんな人から『うまい、うまい』ってほめられる。最初は謙遜してたりとかするんだけどそのうち『あれ?あたしって歌の才能あるんじゃない?』とか思いはじめる。で、たくさん練習したりレッスンしたりしてプロになっちゃったりして。だから、その勘違いが重要なんですよ」
智「・・・えらく語るじゃない」
鬼山田「だって智さん、元気ないから」
智「元気ないって、おれは父さんみたいにすぐには立ち直んないからね」
鬼山田「もう」
智「だいたいにしてさ、ひどいと思わないかい?」
鬼山田「何がですか?」
智「父さんだよ。」
鬼山田「まあ、いろいろ厳しい面がありますけどそれはそれで、いい人だと思いますけど」
智「そうか?本当にそう思うか?」
鬼山田「ええ」
智「鈍感だなー」
鬼山田「すいません」
智「あやまられても」
鬼山田「にぶいなあってよくいわれます」
智「父さんは・・・昔の思い出にすがりついてるだけだ」
鬼山田「・・・」
智「誰にだって一度はある、きらきらしてる頃・・・」
鬼山田「そんなことは」
智「ないかな?」
鬼山田「あたしは、そうは(思いません)」
智「映画が好きじゃないのになんで映画館を建てるんだ?」
鬼山田「・・・」
智「そうだろ?映画は好きじゃないんだ。」
鬼山田「それには夢があったからじゃないですか?」
智「夢?」
鬼山田「何回か聞きました。映画館を建てるのは昔っからの夢だったて」
智「あんな、あの五十年前の自分勝手な告白を信じてるのかい?」
鬼山田「告白・・・ですか?」
智「あれ?知らないの?」
鬼山田「そこまでは」
智「話してなかったのか」
鬼山田「ええ・・・え?」
智「?・・・あ、ああなんでもない」
鬼山田「告白がどうかしたんですか?」
智「それは・・・また後で話すよ。」
鬼山田「はあ」
智「とにかく、とにかくだよ、父さんは映画とは何の関係もない人生を送ってきたと思う。少なくともおれが生きてる間は。父さんがいつも行くのは会社と駅路地裏のちっちゃいビリヤード場だけ。そんな人にこんな映画館のオーナーなんて勤まるとおもう?」
鬼山田「思いますよ」
智「?」
鬼山田「為蔵さんには・・・ずっとロマンがありますから」
智「ロマン?」
万作「そうです」
ふたり「!」
いつのまにか来た万作、二人のところに来て
万作「おやっさんはロマンを感じたくて、ここを作ったんです」
智「じゃあロマンってなんだ?」
万作「それは・・・」
智「この中にそれがあるっていうの?」
万作「あるんです」
智「見せてくれ、それを」
万作「・・・いいでしょう」
鬼山田「万作さん」
万作「シネマ藤岡という空間でロマンを見せてあげましょう」
智「おお、見てやろうじゃない」
万作「でもその前に、」
智「え」
万作「ちょっと・・・」
智「なんだよ。弱腰じゃないか」
そのとき
為蔵「またぶらぶらしてんのか」
父、現る
智「・・・」
為蔵「・・・」
智「・・・」
為蔵「(鬼山田と万作に)おい」
鬼山田「はい」
為蔵「おつかれのところ悪いが、外いって、キャラメル買ってきてくんねえか?」
鬼山田「え?キャラメルなら倉庫に大量に(ありますけど)」
為蔵「いいから買ってこい!」
鬼山田「でも」
為蔵「(万作に目配せ)なあ?」
万作「(その思いをはかり)はい。」
万作、鬼山田のそでをひっぱって無理やりはける
鬼山田「あ、コストが」
万作「いきますよ!」
ふたり完全に去る
為蔵、去ったのを見届けてから
為蔵「すわれよ」
智「(たったまま)」
為蔵「(座ってから)いいから座れ」
智、しぶしぶ座る
為蔵「お前と顔を合わすのもひさしぶりなもんだ」
智「・・・」
為蔵「もっと気のきく奴に育てたかったんだけど(だめだったな)」
智「・・・」
為蔵「ほんとわかんない奴だ」
智「ああ、わかんないよ」
為蔵「そうだろうな。家にばっかりいて適当にぶらついてる奴には理解できねえことだらけだろうよ」
智「ぶらついてなんかいねえよ」
為蔵「ふん、そうか」
智「なあ、父さん、ロマンってなんだ?」
為蔵「・・・」
智「父さん」
為蔵「・・・」
智「教えてくれよ、たまには口で」
為蔵「・・・口でなんか教えてらんねえよ・・・」
智「おれはずっと父さんの背中ばっかり見てここまで来た。背中のあとを歩いて、そこから人生つかんできた」
為蔵「・・・」
智「小っちゃいころはよかったよ。父さんの真似して動いてりゃそれでよかった。でも今じゃ・・・なにしていいかわかんないんだよ」
為蔵「・・・」
智「もう降参なんだ・・・」
為蔵「・・・」
智「父さん」
為蔵「・・・ったく、言わせておけば軟弱ないいわけばっかりいいやがってよ・・・」
智「・・・」
為蔵「(智の目をじっとみてから)・・・教えねえよ」
智「父さん!」
為蔵「教えてなんかやるもんか。苦しんでも自分で考えろ!」
智「それじゃ、わかんねえんだよ!限界なんだよ!」
為蔵「うるせえ!おまえばっかりが生きてる世の中じゃねえんだよ!」
智「!」
為蔵「生きやすい世の中なんてどこにもねえ。」
智「・・・」
為蔵「ひとりで歩いて、すごろくのあがりまで行ってみろよ」
智「・・・」
為蔵「っていっても、また聞く耳もたずなんだろうなあ、お前さんのことだから」
智「・・・」
為蔵「ヒントをやる」
智「?」
為蔵「おれの生きてきた時代は何かがずっとずれてる時代だった。
戦争終わってよ、アメリカのやつにめちゃくちゃにされて、調子いい奴が『日本が変わった。いい国になるんだ』みてえなこといってたけど、おれはそれ聞いて裏で唾吐いてたよ。
ふん、変わってなんかいねえ。戦後のめちゃくちゃを必死で生きようとした大人とそれを一番近い場所で遠い目をして見てた俺たち。それが現実だったんだ。」
智「・・・」
為蔵「映画館はそんな俺が唯一、収まる場所になったんだ。」
そこに鬼山田と万作戻ってくる
第四章 開館式
為蔵「買ってきた?」
鬼山田「はい」
鬼山田、キャラメルを手渡す
為蔵「おい」
鬼山田「はい?」
為蔵「これなんだ?」
鬼山田「キャラメルですけど」
為蔵「そんなこたあ、わかってんだよ。これはどこのだって聞いてんだよ!」
鬼山田「すいません。角のファミマではそれしか」
為蔵「ばかやろう!」
ふたり「!」
為蔵「キャラメルは森永にきまってるだろうが!」
ふたり「すいません!」
為蔵「あれほど何回も言ってるのになんでわかんねえんだ!」
そのとき鬼山田の携帯がなる
為蔵「これから説教しようってときに・・・」
鬼山田「申し訳ございません」
鬼山田、頭をさげたまま携帯に出ない
智「出ないの?」
鬼山田、深々と為蔵にお辞儀をしたまま
智「出ないと」
鬼山田「いいんです」
智「でも」
鬼山田「これがあたしの反省なんです」
携帯はどんどん鳴る
為蔵「ああ、もううるせい!」
みんな「!」
為蔵「出やがれ!こんちくしょう」
鬼山田「・・・ありがとうございます」
鬼山田、隅で電話に出る
鬼山田「もしもし・・・(英語の相手だと知って)Hello! (シネマ藤岡の道案内を英語で話す)」
そこに徳子がやってくる
徳子「お茶誰も飲んでくれないんだから」
徳子の盆から為蔵、茶をぶんどる
徳子「!」
為蔵、茶を一気に飲み干して
為蔵「智」
智「?」
為蔵「見せてやる!・・・俺の生き様・・・」
為蔵、一気に舞台にあがる
為蔵「よーし、みんな!少ない人数だが開館式をやろうと思う」
鬼山田、急いで電話を切り
鬼山田「(おもいっきり挙手)はい!」
為蔵「キャラメルの種類もわかんねえやつの声は聞きたくねえな」
鬼山田「あたしに式の進行やらせてください」
為蔵「(無視)智」
智「え」
為蔵「お前が仕切れ」
智「き、急にそんなこと言われても」
為蔵「つべこべいってねえで、やりゃいいんだよ!」
智「父さん!」
徳子「ああもう!」
徳子、割ってはいる
徳子「あたしのお茶を飲んでくれたのはうれしかった。でもこんなめでたいときになんでけんかしなきゃいけないの!」
為蔵「智が」
智「父さんが」
徳子「はいはいはい!やりたいって言ってる人に素直にやらせたらいいじゃないの」
鬼山田「やらせてください!」
為蔵、考えてから
為蔵「・・・名誉挽回してもらおうか」
鬼山田「(決意のうなずき)」
鬼山田、舞台下上手に立ち
鬼山田「それでは、これよりシネマ藤岡、オープニングセレモニーを執り行いたいと思います」
みんな、思い思いの拍手
鬼山田「まずは来賓の紹介から・・・といきたいところなんですが・・・」
為蔵「来てないんだろ?」
鬼山田「はい・・・」
為蔵「社交辞令どもめ・・・」
鬼山田「(怒らせる前になんとかしなきゃ)あ、あの、続きまして当映画館オーナーである藤岡為蔵からご挨拶を承りたいと思います」
鬼山田、大げさにおもいきり拍手!
つられてみんな拍手
為蔵「(少々機嫌悪い)ああ、おれだ。(気を取り直して)台風がやってきてるけど、ある意味、今日は本当にみんなの思い出に残る日になると思う。
今日はおれの夢が適う日だ。ここまでくるために、お母さんからいろんな人まで、迷惑かけたこと、先にあやまっとくよ。
おれは、いつか映画館を建てたいと思って、高校卒業してからずっと働いてきた。。
ちょっと目つぶって想像してみろ!千円札を握り締めながら、窓口で切符を買う。いすに座ってキャラメルほうりこんで、始まるのをじっと待つ。ベルが鳴って、スクリーンの幕がこう、バーって横に割れて化粧品の宣伝が始まる。この瞬間がたまんなく気持ちいいって思わねえか?」
為蔵、みんなを見る
鬼山田、徳子、万作はうなずく
智は、考える
為蔵「 間髪入れずに予告編の嵐だ!名も知れぬ西部劇!わくわくするようなSF!どかーんとホラー映画がたたみこんできて、最後は涙涙の恋愛映画・・・。気分はどんどん高まってくる。そしてまたさらに幕が開いて本編が始まるんだ!最高の幸せ、これがロマンなんだ!
こんな瞬間ってのは、この世界生きてて、映画館じゃねえと味わえねえ。そうだろ?おれは映画が好きなんじゃない。映画館がすきなんだ。この空間が、この瞬間がすきで、無理やり仕事してきたんだ。
でもな、おれは客のために映画館をやりてえとは思わねえ。客が楽しむ前にまずおれが楽しんで、そしてここで働くみんなが楽しめて、最終的に客が楽しめばいいと思ってる。ずいぶんと殿様商売なんだろうが、安っぺえ理念とか掲げて適当に生きてる、その辺のちんけなやつらに比べりゃ、ずっとましだと思う。
だからこそ、ここをまず、みんなに気に入ってもらいたい。この映画館をまず一番に好きになってほしいんだ。そうすれば、当分貧乏して、母さんにはまた迷惑かけっかもしんないけど、日本でここしかない、お客さんもここを目指して遠いところからやってくる、絶対的な映画館になる。・・・おれはそう信じてる」
言い終わる為蔵
しーんとする館内
母さんが始めに拍手し、それに続けて拍手する
鬼山田「以上をもちまして、シネマ藤岡オープニングセレモニーを終了いたします。引き続きまして、スクリーンこけらおとしとして、プロジェクター点灯に」
それを聞いた万作、おもいきりうろうろしはじめる
そして、智に話しかけようとするが、
智「ちょっと待って!」
鬼山田「?」
為蔵「なんだ?」
智「僕のスピーチは?」
鬼山田「!・・・忘れておりました・・・」
為蔵「もういい。さあ、次へいこう」
智、無視して壇上へ
智「本日は悪天候ではありますが」
為蔵「おい!」
智「(絶叫)たまには黙って聞いたらどうなんだ!」
為蔵「!」
智「 えー、本日は悪天候ではありますが、父、藤岡為蔵の映画館『シネマ藤岡』のオープニングセレモニーに参列いただきましてまことにありがとうございます。
おれは映画館が好きなんだ。父の言葉であります。
あたしも夢を見たくなった。母の言葉であります。
そしておれは・・・」
みんな「・・・」
智「 正直、途方に暮れてます。」
みんな「・・・」
智「この式が始まる前に父とひさしぶりに長く話しました。中身は・・・あったようでないようなもんだったけど・・・ただ父と話して、そしてみんなの姿を見て、なんとなくですが思ったことがあります」
みんな「・・・」
智「この人たちは・・・馬鹿なんだなって」
為蔵「馬鹿?」
智「馬鹿だよ、馬鹿。ひとつのものにむかって必死でみんなでむかってる。そこには俺みたいな外野がなんにも文句言えない状況があって。そして今日を迎えた。
先ほどの父のスピーチを聞いて、俺の生き様見せてやるなんていわれて・・・見せられた。ますます途方にくれてしまうわけです。思いが現実になった瞬間を見てしまったわけですから。」
みんな「・・・」
智「父へ・・・。生き様・・・十分、見せていただきました」
為蔵「・・・」
智「そして母へ。・・・ずっと・・・俺を・・・自分探しの旅に出してくれてありがとう」
為蔵「・・・」
徳子「・・・」
智「まだたどりつかないけど・・・」
みんな「・・・」
徳子が最初に拍手をする
それにつられてみんな拍手をする
智「それでは馬鹿の息子は、そろそろ、おいとましようと思います」
徳子「え?」
智「約束どおり、職安行くよ。予約してあるんだ」
徳子「そんな」
智、はけようとする
為蔵「待て!」
智「(待つ)」
為蔵「・・・見ていけ」
智「予約した時間が」
為蔵「いいから、いろ!」
智「・・・」
為蔵「俺の生き様は・・・ここからなんだ・・・」
智「!」
為蔵、智をいすに座らせる
為蔵「(鬼山田に)おい!」
鬼山田「はい!」
為蔵「なにぐずぐずしてるんだ!」
鬼山田「あ、いや」
為蔵「さっさと映写機をつけろ!」
鬼山田「あ、それではプロジェクターの点灯に移ります。わたくしといっしょになってみなさんでカウントダウンしましょう!」
みんな手を上げる
鬼山田「それでは、五秒前!四、三、二、一、」
そのとき
万作「とめてください!」
みんな「!」
為蔵「・・・どうした?」
万作「あの・・・」
為蔵「え?」
万作「来ないんです」
智「え?」
万作「(ブースを指差して)来ませんよ。映写技師・・・」
鬼山田「!」
万作「・・・」
智「な、なんで?」
万作「けんかしたんですよね?おやっさん」
智「!おやっさんって・・・」
万作「おやっさん」
智「父さん?」
為蔵「・・・」
万作「給料がたえらんなかったみたいで」
為蔵「世の中・・・(絶叫)全部金か・・・」
万作「おれ、朝までずっとあいつと話ししたんです。でも・・・」
為蔵「・・・」
万作「(クビをふる)不器用ですから」
智「なんでこんなとき高倉健なんだよ。」
万作「ほんと、すいません!」
為蔵「・・・もういい。来ない奴なんてどうだっていいんだ」
智「でも、どうやって動かすんだよ」
為蔵「おれが・・・やるしかないか・・・」
為蔵、ゆっくりブースに歩き出す
為蔵「こんなんなら、夕べ、説明書よんどきゃ、よかった」
万作「おやっさん!」
為蔵「?」
万作「おれ、できますよ!」
為蔵「!」
智「え?」
万作「プロジェクター、いじれます」
智「ほんとに?」
万作「専門、通ってたんで」
智「きみは、建築とかじゃなかったの?」
万作「あれは通信(講座)で」
智「器用じゃないか!おもいっきり器用じゃないか!」
万作「おやっさんの悲しい背中、見たくないですから」
為蔵「万作!」
ふたり、がっちりと抱き合う
それを見つめる智
智「・・・」
為蔵「頼んだ!」
万作「(頼もしげな顔)」
万作、ブースにはける
ずっとほうけてる鬼山田に対し
為蔵「おい」
鬼山田「はい?」
為蔵「さっさと!」
鬼山田「あ、は、はい!それでは点灯式に移りたいと思います」
鬼山田、手をあげる
鬼山田「それではカウントダウン!五秒前!四、」
みんな、声を合わせる
みんな「三!二!一!」
息を合わせて
みんな「(大声で)ぜろ!」
スクリーンにテスト画面が映し出される
鬼山田「おめでとうございます!」
みんな大拍手
智、それを見ながら、ゆっくりはけようとする
そこに
まや「Excuse me?」
みんなふりかえる
そこには為蔵と同じように年をくったまやがいた
為蔵「!」
まや「・・・成田に来るはずが、台風で大阪に着いちゃって・・・」
為蔵「・・・まや・・・」
みんな「!」
まや「(にっこり)ここに来るまで、傘を三本折りました」
為蔵「・・・」
徳子「よ、ようこそお越しくださいました」
まや「こちらこそ。開館おめでとうございます!」
鬼山田「どうぞ、お座りになってください」
まや「(鬼山田に)英語、うまかったわよ・・・」
鬼山田「あ、ありがとうございます!」
智「あのときの英語・・・」
まや「そう、あたし・・・」
まや、為蔵にむかって
まや「為蔵さん・・・」
為蔵「?」:
まや「キャラメル・・・くださらない?」
為蔵「ん?・・・ああ・・・」
為蔵、キャラメルを手渡す
まや、財布から百円をだそうとするが
為蔵「今日は開館記念だ!ただでやるよ」
まや「いや。うけとんなさい」
為蔵「絶対いやだ」
まや無理やり為蔵の手をとり、百円を握らせる
為蔵「はずかしいって」
まや「けちのけちこさんじゃありませんから」
為蔵「おい!」
まや「はい。これでおあいこ」
為蔵「(しぶしぶの表情)」
そこに徳子、お茶をもってくる
徳子「どうぞ」
まや「ありがとうございます」
徳子「あんまり高くないけど・・・」
まや、さっそくお茶をのみ
まや「なつかしいですね」
徳子「ありがとうございます」
為蔵「おい、もうあっちいってろ!」
徳子「はいはい。邪魔者は去りますよ」
為蔵「いや、そういうわけじゃ・・・」
徳子「いいんです。(まやに)ごゆっくり。」
まや「はい」
徳子、はけようとする
為蔵、立ち上がって
為蔵「母さん」
徳子「(止まって)お父さん」
為蔵「?」
徳子「こういうときぐらい・・・あたしの・・・名前でよんでほしいもんだよ」
為蔵「・・・」
徳子、言わない為蔵を尻目にはけようとする
為蔵「徳子」
徳子「(止まる)」
為蔵「・・・すまん」
徳子「・・・お茶の代金は為蔵さんからしっかり請求しますから」
為蔵「・・・」
徳子「(ふりかえらずにっこり)・・・夢・・・かなうもんだね・・・」
智「・・・」
徳子、はける
ベルが鳴る
みんな所定の配置につく
智、ふたりの後ろに座る
くらくなり、映画が始まる
まや「さっきのが奥様?」
為蔵「ああ・・・」
まや「お似合いですこと」
為蔵「そうかね・・・」
まや「あたしもアメリカにいますから」
為蔵「日本人?」
まや「白馬に乗った青い眼の王子様」
為蔵「ったく・・・」
まや「人類みな兄弟」
為蔵「・・・変わんないな」
ふたり笑う
映画を見ないで、ふたり雑談をする
それを後ろで見続ける智
ふたりどんどん会話が盛り上がってく
音楽がつつみこんでいく
智、それをみながらはける
音楽高まり暗転
明転
のびをして、為蔵とまや、ゆっくりいすから立ち上がる
まや「今、何時?」
為蔵「ん?ああ(腕時計を見て)九時半だ」
まや「もう、そんな時間?」
為蔵「ああ」
まや「そう・・・」
為蔵「・・・すまんね」
まや「え」
為蔵「誰も来なくて」
まや「・・・」
為蔵「引き止めてしまって・・・最終回までつきあわせてしまって・・・」
まや「おかげでお腹がぺこぺこ」
為蔵「台風も過ぎたことだし、ああ・・・良ければ下の松屋で豚丼でもどうだい?」
まや「あんな偽物どんぶりはいや。」
為蔵「そんなこといったって」
まや「ニューヨークの吉野家なら、いつでも、あっつあつの牛丼が食べれますから」
為蔵「ふん。アメリカなんて・・・」
まや「三つ子の魂、百までとはよくいったもんね」
為蔵「おれの父さんを傷つけた国だ。許すわけにはいかねえだろ」
まや「でも戦争をけしかけたのは日本ですよ」
為蔵「・・・そりゃ・・・そうだけど」
まや「もうこんな歳なんだからもっと素直になりなさい」
為蔵「ふん」
まや「・・・」
為蔵「また怒られちまった・・・」
まや「怒ってなんかいません」
為蔵「・・・」
まや「・・・為蔵さん」
為蔵「・・・ん?」
まや「改めて・・・おめでとうございます」
為蔵「・・・ありがとう・・・」
まや「これで大好きなお父様に少し近づけましたね」
為蔵「・・・」
まや「それでは」
まや、完全にはけようとする
為蔵「ちょっと待って」
まや「(待つ)」
為蔵「また・・・逢えるかな?」
まや「・・・」
為蔵「あのころみたいに・・・」
まや「なれるわけないでしょ」
為蔵「!」
まや「お互い・・・もう・・・ここまで来たんですから」
為蔵「・・・」
(年をくった鬼山田と智が舞台に出てきて、みている)
まや「あたしはあのときアメリカに行ったこと、ぜんぜん後悔してませんから。」
為蔵「・・・」
まや「為蔵さんもここを作って・・・(後悔しませんでしたか)」
為蔵「お、おれは・・・おれは・・・ここを作って後悔してなんかいない」
まや「それでいいんです」
為蔵「・・・」
まや「ここまで心の曲がらない人が、父親になったんだから・・・子供さんは、さぞ幸せでしょうね」
為蔵「・・・ふん・・・」
まや「・・・」
為蔵「初恋はどうにもこうにも・・・実らんもんだな」
まや「あたしは初恋だとは思ってませんけど?」
為蔵「・・・ずいぶん・・・ませた子供だったんだな」
まや「(にっこり)・・・さようなら」
為蔵「・・・ああ・・・」
まや、一礼してはけていく
たたずむ為蔵
そこに徳子がやってくる
徳子を見る為蔵
為蔵を見る徳子
為蔵「・・・」
徳子「・・・」
為蔵「なんだ?」
徳子「(笑って)おふろ・・・沸いてるよ」
為蔵、肩をおろし、はける
徳子それを見送る
そして場内を見渡し、ふたりの席にキャラメルのくずが転がってるのを見つけ
包み紙をポケットにしまう
空き箱を見て捨てようと一回はしまうが、また取り出す
そして、高らかに箱をあげてから
いすの上におく
終章 ラスト・レッスン
ふたり静かに舞台から客席に降りる
そして昔のふたりが座っていた客席に近寄る
鬼山田、徳子が置いていったキャラメルの箱を持つ
鬼山田「バトンタッチ・・・」
智「・・・」
鬼山田「この箱は、ほんとうにバトンになってしまうんですよね・・・」
鬼山田、キャラメルの箱を智に手渡す
智「・・・」
鬼山田「為蔵さん・・・お風呂で・・・倒れて・・・・」
智「三日間昏睡したあと、そのままいってしまった・・・」
鬼山田「・・・」
智「とんだ置き土産のこして、さっさといっちまったよ」
鬼山田「・・・」
智「結局なんにも教わんなかった・・・」
鬼山田「あのとき・・・為蔵さんとまやさんだけ映画を見てたときも、ずっと一緒にいればなにかわかったかもしれたかったじゃないですか?」
智「・・・」
鬼山田「なんであのとき、出て行ったんですか」
智、舞台から出てきて、いすに向かう
智「なんか・・・いすに座ってあのふたりの背中を見てたら・・・いたたまれなくてね」
智、キャラメルの箱をじっと見る
智「心が曲がらない人の・・・息子か」
智、たちあがって
智「曲がらない人の息子は・・・おもいっきり曲がった息子だったりして」
鬼山田「・・・」
智「そうだ」
鬼山田「・・・」
智「おれが、なんでここを手放すか教えてなかったよね」
鬼山田「はい」
智「実は・・・おれの胃に影ができててね」
鬼山田「え」
智「このあと氷川病院に検査入院なんだ。」
鬼山田「・・・」
智「・・・迎えがきちまったかもしれん・・・」
鬼山田「・・・」
智「・・・」
鬼山田「また、会えますよね」
智「・・・」
鬼山田「智さん!」
智「可能性は・・・かぎりなくゼロに近いらしい」
鬼山田「そんな」
智「・・・」
鬼山田「・・・」
智「おれは医者から聞いてね、どうしようかずっと考えた。」
鬼山田「・・・」
智「もうこの空間を・・・ものも、思い出も・・・守ってくれる人は数少ない」
鬼山田「・・・」
智「万作さんは・・・役者になっちゃったし、うちの馬鹿息子は映像監督なんて、へんな商売してる」
鬼山田「・・・」
智「頼れる奴はひとりしかいなかった。」
鬼山田「・・・」
智「あんただ」
鬼山田「・・・」
智「世の中はどんどん進んでいる。人間も文化もどんどん進化してる。でも映画はいつになっても娯楽の王様だ。ずっとあのブースから、お客さんの背中見て、父さんの背中のこと考えてた。」
鬼山田「・・・」
智「わかんないことが、つかめかけてきたときだったんだけどね」
智、箱を握り締めながら立ち上がり
智「今日はありがとう」
鬼山田「智さん」
智「いい餞別をいただいたような気がするよ」
鬼山田「・・・」
智、はけようとする
智「外は・・・ひどいかなあ・・・」
鬼山田「待ってください!」
鬼山田、一気に智のもとに駆け寄り、手をつつむ
智「!」
鬼山田「ありがとうございました!」
智「・・・」
鬼山田「智さんは十分・・・為蔵さんの思いをここまでつなげてきました」
智「つなげる・・・」
鬼山田「為蔵さんのお葬式が終わってから今日まで、ずっと迷ってる背中。迷ってても
動かなきゃならないジレンマ。苦しんでたり、ときには笑ってたりする智さんの背中、あたしもずっと見てたんです」
智「・・・」
鬼山田「・・あとはあたしが・・・あたしがずっと・・・つないでいきます」
智「あんた・・・」
鬼山田「心配しないで・・・どんと、まかせてください」
智「・・・」
鬼山田「あたしは幸せ者だと思います。」
智「・・・」
鬼山田「為蔵さんと智さんっていう、大きな二人からここまで教えられてきたんですか ら。」
智「大きくなんかない」
鬼山田「大きいです。あたしはその大きさについていくんで必死だったんです」
智「そうかなあ・・・」
鬼山田「為蔵さんを追い越せはしなかったかもしれないけど、並んで走るところまでは行ったんじゃないですか」
智「並んだかなあ」
鬼山田「あたしは、あのセレモニーのスピーチを聞いたとき、並んだと思ってます」
智「・・・」
鬼山田「今度はあたしが、ふたりを追っかける番です」
智「・・・ありがとう・・・」
鬼山田「・・・またここで会えますよね?」
智「・・・」
鬼山田「あたしが追い越したところ見せたいんです。」
智「・・・」
智「ほんとに・・・あんたは・・・馬鹿だ」
鬼山田「馬鹿で結構。馬鹿だからこそあたしは長生きしますから」
智「・・・口のへらない人だなあ」
鬼山田「さ、いってらっしゃい!」
智「・・・」
鬼山田「今日が・・・ラスト・レッスンになりませんように」
智「(ドアの方向へ)」
鬼山田「・・・」
智「(止まって)あんた」
鬼山田「はい?」
智「・・・たどりつけるかな?」
鬼山田「・・・たどりつきますよ」
智、にやりと笑い、はける
見送る鬼山田
END