登場人物
落合平士郎 博士 藤盛薫
車田蓮美 記者 本多美智子
ここは東京のどこかの市のおかまのいる居酒屋
そのかたわらの休憩室
いきなり
落合「おれさあ休憩時間短いんだよねー」
といいながら舞台にIN
落合「三十分だよ三十分」
車田「あ、お時間はそんなにとらせませんから」
といいながら車田がIN
落合、すこし困った顔で、くるりと車田のほうをむいて
落合「(ため息)」
車田「あ、ほんとに、体を休めたいところ、すいません」
落合「このあと踊りの練習もあるしさ」
車田「あ、すいません」
落合「んー・・・」
車田「日を改めましょうか」
落合「いやいいんだけどさあ」
車田「いいんですか?」
落合「(考えてから)・・・うん、いいよいいよ」
車田「そうですか。」
落合「座る?」
車田「はい」
落合、そこらへんのいすを寄せて
席を作る
落合「(座ってから)どうぞなんなりと」
車田「では、改めてお聞きしたいと思います」
落合「はい」
車田「落合博士が」
落合「あ」
車田「はい?」
落合「博士はやめてくれ」
車田「あ・・・」
落合「あ、いけね!」
落合、突然ハケ口へ行くと
落合「(外へ)ちょっと!ヒカリちゃん!レストルームにもお酒もって来てもらっていい?」
車田「(あわてて)あ、仕事なのでお酒は・・・」
落合「(外と会話)えー、あんただってこの前遅刻しそうになったときタイムカードいれてあげたじゃな~い」
車田「落合さん!」
落合「(中へ)ちょっとくらいいいだろ?」
車田「あ、いえ・・・あんまり飲めないんで」
落合「しょうがない。(外へ)ひかりちゃ~ん、ウーロンティ!」
車田「あ、すいません」
落合「(外へ)ピッチャーで!は~いよろしく!」
車田「ピ、ピッチャー!」
落合「がぶがぶしちゃいたいだろ?」
車田「おトイレ近くなるだけだと思うんですけど」
落合「いいのいいの、ケセラセラ」
車田「ひさしぶりに聞きました、それ。」
落合、席に戻る
落合「で、なんだっけ」
車田「あ、落合さんがやっていた、死体蘇生法術の件です」
落合「ああそれね」
車田「ずっと秘密裏に研究なさっていて、ある日突然それに陽が当たって一気に終わってしまったじゃないですか」
落合「うーん」
車田「もう一度、実験を再開してみませんか?」
落合「え!」
車田「実験をもう一度やってみる気はございませんか?」
落合「は・・・は?」
車田「(落合をじっと見つめる)」
落合「(落ち着きなく歩き回って)な、なにをきみはいってるんだ」
車田「落合さんに、死体蘇生法の実験を再開していただきたいのです」
落合「き、きみ!」
車田「はい」
落合「きみは・・・おれのことを取材しにきたんだろ?」
車田「・・・」
落合「こんな東京のはずれのおかまバーで飲みたくもない酒をのんで働くこの俺の醜態を、全国津々浦々の人間に知らしめるためにここに来たんだろ?」
車田「・・・」
落合「な・・・なんでそんなことをいう?」
車田「あのあたしひとつ落合さんにうそをついていました」
落合「?」
車田「あたし、雑誌記者っていうのは真っ赤な嘘なんです。」
落合「なに?」
車田「あたし、落合さんと同じ、あの医大の院にいるんです」
落合「・・・」
車田「万田教授のもとでずっと法医学に関する研究を進めています」
落合「・・・」
車田「あたし、ひょんなことから落合さんの論文を読んでしまいました。」
落合「電気療法を使用した死体蘇生法序論」
車田「はい」
落合「ふ・・・万田くんもまだそれを捨ててなかったか」
車田「すばらしい論文でした」
落合「あれを発表したことで、おれはそのあと、わけわからん世界に入り込んでいくことになる」
車田「わけわからん世界・・・」
落合「ああ、」
落合、いすに深く腰掛ける
落合「・・・血が沸騰しちまうような熱病と、呼吸過多で目の前に星が見えるくらいの高山病、一緒に凍死してしまいそうな、それだけわけわからん世界・・・」
車田「・・・」
落合「足をつっこみすぎたかもな・・・」
車田「でも、研究はあと一歩のところまでいったんですよね」
落合「それを上に崩された」
車田「アメリカ、ドイツ、そして日本の民間大企業」」
落合「外野が多くなればなるほどやっかいでね」
車田「やっぱりいろいろトラブルとか」
落合「気まぐれなんだよ。」
車田「気まぐれ?」
落合「ひとつづつ、段階ふんで実験していくたびに上のほうにレポートを提出していかなきゃならない。こっちとしてはどんどん進めていきたいのに小さいところから揚げ足を取っていく」
車田「うちでもよくあります」
落合「現場の苦労も知らないで、ぶっといビルの上の酸欠しそうなところから思いつきメールをだしてるんじゃねえっていうんだ」
車田「・・・」
落合「あとは、モラルにトドメをさされた」
車田「死体を傷つけること」
落合「人間たちが生きてきた、たったこれっぽっちの時間で作られた常識に、俺たちは、メスを通すことができなかった」
車田「・・・」
落合「きみ、名前なんだっけ?」
車田「車田といいます」
落合「下は」
車田「蓮美です」
落合「蓮美さん」
車田「はい」
落合「今日はここまで来てくれてありがとう。」
車田「いえいえ」
落合「悪いが、実験を再開しようとは思わない」
車田「え」
落合「もうすぐうちのヒカリちゃんがウーロンティを持ってくるだろう。それを一杯飲んだら、さっさと帰ってくれ」
車田「そんな」
落合「万田くんにはよろしく」
車田「落合さん」
落合「机の引き出しには鍵をしっかりかけとけっていっとけ」
落合、いすを整理して、そこにごろりと寝転ぶ
車田「落合さん!」
落合「(寝そべって目をつむったまま)ほかの店の子はどうか知らんが、ひとりあたりの休憩がここではこの三十分だけだ」
車田「はい」
落合「一回取ったら明日の朝九時までずっとフロアにいることになる。だからたいていこの時間で仮眠をとる」
車田「・・・」
落合「今眠らないと、体に響くんだ。」
車田「あ、貴重な時間をとらせていただいてるってのは重々承知しています。」
落合「(突然がばっと起きて)ほんとに?」
車田「ほ、ほんとに」
落合「(車田の目を見てまた寝そべる)どうなんだか」
車田「あ、昔のいやなことを思い出させてばかりでしたね。」
落合「マイナス九・五割、プラス○・五割」
車田「え」
落合「あのときの思い出の割合だ」
車田「・・・すいません」
落合「わかったなら、さっさと出て行け」
車田「出て行きません」
落合「(起き上がって)はあ?」
車田「だって・・・」
落合「?」
車田「ウーロン茶、のんでませんもん」
落合、ため息ついて、起き上がるとハケ口に
落合「(外へ)ちょっとヒカリちゃん!」
車田「(祈る)ウーロン茶きませんように」
落合「(外)あれ?ヒカリちゃんは?・・・」
車田「ピッチャーでなみなみきませんように」
落合「(外)あ、ゆかちゃん、ヒカリちゃんは?」
車田「きませんように、きませんように」
落合「(外)え!分倍河原まで一緒にいっちゃったの?」
車田「いいぞ!そのまま山梨はいれ!」
落合「(車田に)おい!」
車田「わ!」
落合「いい、俺が持ってくる」
落合ハケる
そしてすぐに持ってくる
落合、あまりのピッチャーの大きさによたよたしている
車田「デカ!」
落合「うちの名物、マックスウーロンティ・イン・ピッチャー」
車田「横文字が・・・くどい・・・」
落合、ピッチャーを床において、グラスをピッチャーに入れ
車田「入れるんじゃなくて、汲むんですね!」
そしてさっと車田の前に出す
落合「飲んだらすぐに行け」
車田「(差し出されたグラスをじっと見つめる)」
落合、テーブルにたたきつけるように置くとまた寝そべる
車田、一呼吸してから、一気に飲み干す
落合、それを寝ながら片目でじっと見る
落合「いいのみっぷりだね」
車田「落合さん」
落合「ん」
車田、ハケ口のほうへ
車田「あたしには覚悟があります」
落合「ほう」
車田「落合さんがうなずくまであたしはここから帰りませんから」
そういいながら、車田、後ろでに、ドアノブに手をかけると
車田「ふん!!!!!!!!」
落合「ん」
車田「(絶叫)エイヤ!」
車田、後ろでから前に
落合「ど、ドアノブ!」
車田「これがあたしの覚悟です!」
落合、ハケ口のところにいき
落合「あ、あかな~~~い」
車田「これしかなかったんです」
落合「知るか!」
落合、走っていって
落合「(ドア越しから外に)み、みんな助けて!」
車田「無駄ですよ」
落合「あん、(絶叫)ヘルプミー!」
車田「(大声)無駄ですよ」
落合「きみにいわれたかない!」
車田「今日は何の日ですか」
落合「クリスマスイブだろ!」
車田「フロアはこの店にしては珍しく満席。落合さんの同僚のかたがたもみんな席についてるし、さらには、イブ限定のショーも始まってる」
落合「ショーをやるときは大き目のボリュームでバックミュージックを流す・・・」
車田「落合さんのあんなはかなげな声が聞こえるわけがない」
落合「くそ!」
車田「さあ、とことん話し合いましょうや」
落合「(ため息)」
車田「落合さんが実験再開したら、しっかり弁償しますよ」
落合「拉致監禁までしてやるほどの話し合いじゃないだろう!」
車田「あたしの覚悟を認めてください」
落合「ほんとクレージーだよ」
落合、うなだれて座る
落合「きみをここまで突き動かしているのはいったいなんなんだ」
車田「・・・」
落合「ドアノブをひきちぎるなんて・・・」
車田「あたしがこんなことをやってしまっているのは、つきつめれば落合さんのせいですよ」
落合「ふん・・・」
車田「・・・」
落合「あの論文を書いた俺が悪いってか?」
車田「あそこにはあたしの知らないひとつの世界がひろがっていました」
落合「・・・」
車田「繊細なタッチの文体に、鋭く、時には突き刺さるような事象報告。」
落合「・・・」
車田「百枚以上もあるのに、息つく暇もなくあっという間に読んでしまう。次回に期待大になってしまったのです」
落合「きみは漫画コンクールの審査員か?」
車田「だってそうだったんですもん」
落合「あのレポートだけでそんなに期待してしまったか。」
車田「いったいこんなレポートを書く人はどんな人だろう?あたしは図書館とネットを使って落合さんの足跡をずっとたどっていきました」
落合「で、ここに来たってわけか」
車田「はい」
落合「期待を裏切って悪いね」
車田「え?」
落合「俺はそんなにたいしたことはしていない」
車田「うそです」
落合「うそ?」
車田「実験の末期、落合さんは成功してますよね」
落合「・・・」
車田「二秒間だけ・・・心臓を動かすことに成功した」
落合「・・・」
車田「死体蘇生への決定的第一歩じゃないですか」
落合「・・・ったく・・・どこまで俺の研究は記録されているのか・・・」
車田「?」
落合「(車田をじっと見つめて)・・・それはマウスだ」
車田「え?」
落合「死後三日たったマウスの蘇生に成功した」
車田「そうすると次は人体実験ですよね?」
落合「もちろん俺もそうしたかった。」
車田「え」
落合「俺は心臓が動いたことを上にメールで報告した。報連相は社会人の第一歩なそうだからね。そしたら、次の段階へ行ってもいいが一週間ほど待ってくれって返事が来た。」
車田「いよいよですね」
落合「ああ。俺たちは毎日のように酒を飲んで次なる実験への期待感に胸をふくらませた。今日ここに来たきみのように」
車田「ありがとうございます。」
落合「だがその一週間後の土曜日・・・俺はいや、俺たちは頭に血が上る瞬間というのを自分の体でしっかり感じた」
車田「・・・」
落合「その日は朝から霧が濃くて、日曜以外にうちに来る調達用トラックがいつもより一時間遅れた。
俺たちは次なる実験に向けてみんなで綿密なディスカッションとシュミレーションを朝四時から繰り返していた。
・・・そのとき、毎晩の酒で二日酔いを越えた頭を切り裂くように研究所のチャイムがなった」
車田「・・・」
落合「俺たちは我先にと裏口に走った。
やっと人体実験ができる。
俺たちは異様にはしゃいでいた。
・・・調達の兄ちゃんが持ってきた白い発泡スチロールの箱・・・その中は・・・」
車田「(ごくり)」
落合「・・・豚だった」
車田「え・・・」
落合「上の会議でな、人間の死体を使うことに対しては慎重論が出たんだとさ。」
車田「で、でも、その豚さんを使って実験したんですよね」
落合「違う!丸焼きだ!」
車田「はい?」
落合「飲めや歌えのバーベキューパーティを敢行した!」
車田「ええええええ」
落合「そんなもん食うに決まってるだろ?人間だと思ったら豚なんだぞ!」
車田「いや、でもせっかくだから実験すればよかったじゃないですか」
落合「あの泥まみれの豚を見て、俺たちがどんなにテンションが下がったか!」
車田「ひどすぎますよ」
落合「おいしかったぞー、死んで三時間の豚トロは」
車田「せめて肩ロースだけにしといてくださいよ」
落合「次の日、研究員の三分の二が脱走した」
車田「逃げたくなりますわな」
落合「俺は急いでメールを打った。俺たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!早く次をよこせ!って」
車田「次がきたんですか?」
落合「一時間後、バイク便が来た」
車田「ば、バイク・・・」
落合「バイク便の兄ちゃんが差し出した箱の中は・・・」
車田「?」
落合「かえるだった」
車田「・・・ケロケロ」
落合「ここは・・・理科の実験教室か!!!!!!」
落合、怒りの態度
車田「あ、あの、でも豚さんのことですけど」
落合「なんだ!」
車田「豚さんってよく人間の手術のシュミレーションや薬品のテストにも使われるじゃないですか」
落合「ベーコンと豚足でなにができるか!」
車田「あたし聞いたことあります。豚の内臓や血管、あとお肉はヒトの臓器の重さとか質感に限りなく近いって」
落合「ふん、モラルに負けただけだ」
車田「上のかたがたとしても、順序をしっかり踏んで研究していただきたかったんじゃないですか」
落合「見損なったな」
車田「え」
落合「お前さんまで『三国儲かりまっかカンパニー』の味方か」
車田「あ、あたしはあくまで素直な感想を言っただけです!」
落合「それじゃ間に合わないんだよ!」
車田「!」
落合「・・・?・・・なんだ?」
車田「間に合わない・・・?」
落合「!」
車田「なにをそんなに急いでいたんですか」
落合「・・・」
車田「上がハッパをかけていたんですか?」
落合「それはない」
車田「じゃあ、なんで・・・」
落合、無言
そして、ドアノブをとるとハケ口へ
ドアノブをはめると
落合「(絶叫)まわれぇい!」
開かない
落合「(ため息)」
車田「ドライバーとかがないとだめですよ」
落合「ぶっこわしといてよくいうよ」
車田「教えてください」
落合「・・・」
車田「なぜ、そんなに結果を急いだのか」
落合「・・・」
車田「・・・」
落合「きみさ、俺に研究再開してほしいんだろ?」
車田「はい」
落合「なら、その質問には答えないってのでどうだ?」
車田「え」
落合「だれにも知られたくないものってのがある。」
車田「結果を急いだのは知られたくない何かなんですか」
落合「・・・ああ」
車田「・・・」
落合「どうしても知りたいなら・・・」
車田「・・・」
落合「君が死んだら・・・君の体で蘇生実験してやるよ」
車田「!」
落合「あんな短時間でドアノブ外せるくらいだもんな。」
車田「へ・・・」
落合「こんな怪力女、いなくなったら世の中面白くないだろ?」
車田「あの」
落合「はい?」
車田「さっきなんっておっしゃいました?」
落合「こんな怪力女」
車田「わかってます」
落合「わかってるならいいや」
車田「違います、その前です」
落合「その前?」
車田「はい」
落合「君が死んだら、蘇生実験するよって」
車田、落合の前スレスレに近づく
落合「ち、近いよ・・・」
車田「落合さん!」
落合「え」
車田「蓮美、死にまーす!」
落合「え!!!!」
車田、離れて
部屋の中を物色
車田「(鼻歌を歌いながら物色する)」
落合「な、なにをやってるんだね」
車田「死ぬんですよ」
落合「え」
車田「蘇生するんですよ」
落合「き、きみ・・・」
車田「はい」
落合「ほ、本気?」
車田「もちろん」
落合「今じゃなくていいんだよ」
車田「だってすぐに実験してくれるっていったじゃないですか」
落合「すぐっつったって、ここにはなんにもないじゃないか。」
車田「いいんです」
落合「蘇生したくても機械も薬も、なんにもない!」
車田「あたしが今から死にます。それを落合さんが研究所に運びます。そして実験開始、あたしは生き返る」
落合「研究所に運ぶっつったって、あのドア開かないじゃないか!」
車田「あ・・・」
落合「後先考えて行動しろよ」
車田「ケセラセラ」
落合「おい!」
車田、いろいろ部屋をあさる
車田「(鼻歌を歌いながら)」
落合「おいおい・・・」
車田「延長コードとかないですか?あとナイフとか」
落合「休憩するための部屋だ。あるわけない」
車田「つまんないなあ」
落合「そういう問題じゃないだろ」
車田、奥のほうに行く
そこにはさっき、落合が寝ていたあたり
車田「(鼻歌)」
歌いながらそのあたりをあさり始める
そのとき
落合「触るな!」
車田「え!」
落合、ダッシュでそのあたりへ
落合「・・・ここには・・・こないでくれ」
車田「?・・・どうかしたんですか?」
落合「あっち行け」
車田「なんでですか?」
落合「(かぶせて)さっさとだ!」
車田「なにかがあるんですね?」
落合「うるさい」
車田「なにを・・・隠してるんですか」
落合「なんでもない、夏場の衣装とか・・・あ~その、グラスとか」
車田「(じっと見る)」
落合「な、なんだよ」
車田「うそをついてますね」
落合「うそなんかじゃない」
車田「うそです」
落合「・・・」
車田「うそをつく落合さんは嫌いです」
落合「・・・」
車田「大嫌いです」
車田、落合に向かうと落合を横にどかす
落合「やめろ!」
邪魔される前に車田、ベッドの上に手をかけ、上部をずらす
車田「ふん!!!!!」
といって、落合止めようとするが・・・
ふたはあいてしまう
車田、中身を見る
車田「こ、これは・・・」
そこには、冷凍された女性の死体があった
落合「・・・」
車田「この・・・遺体は・・・」
落合「・・・」
車田「この凍っている遺体はだれなんですか・・・」
落合、だまって、その箱のそばに行く
そして、箱の中の遺体に手を添えながら
落合「・・・かみさんだ」
車田「!」
落合「十五年間、この零度以下のカプセルの中で、もう一度立てる日を待ってる」
落合「君が読んだあの序論を書き始めたころに、ちょうど倒れてね。」
車田「・・・」
落合「マウスの心臓が動いたあのとき・・・天国に行った」
車田「・・・」
落合「俺の研究を初めて教えたのは今日と同じ・・・確かクリスマスイブだった。
新宿の高いホテルのレストランで、奮発してフレンチを食いながら話した。
たくさん話して・・・気づいたら、前菜のスープが冷めて油が浮いてたよ。
でも、ものすごく喜んでくれた。」
車田「・・・」
落合「研究を最後までやれなんていろんな人に言われた。その中でも、かみさんに言われたのが一番しみたよ」
車田「・・・」
落合、遺体ケースに
落合「間に合いたかった。もっと早く人体実験できれば・・・」
車田「・・・」
落合、ふたを閉める
車田「落合さん」
落合「?」
車田「奥さんの蘇生のために、あたしを使ってください」
落合「・・・」
車田「落合さん!」
落合「・・・無理だ・・・」
車田「(かぶせて)逃げないでください!」
落合「逃げてなんかいない!」
車田「あきらめてるじゃないですか」
落合「あの熱をもう一度あげるのは時間がかかる」
車田「すぐできますよ」
落合「え」
車田「実験をもう一度始めれば必ずあのときの感覚は戻ってくる。それに道具なんかいらないんですよ」
落合「そんな、どうやってやるんだ!」
車田「落合さんの気持ちしだいなんですよ」
落合「きもち・・・」
車田「どれだけ失敗してもぶんばってみようっていう気持ち。それさえあれば、できるはずです」
落合「精神論か?やる気だモチベーションだなんて聞き飽きたよ」
車田「じゃあ、あたしを殺してください」
落合「は」
車田「あたし思い出しました。自殺だと地獄に行くって」
落合「いつまで馬鹿話してりゃいいんだ!」
車田「馬鹿話だと思ってあたしを殺してください」
落合「え」
車田「落合さんの手で・・・あたしの首をしめてください」
落合「・・・」
車田「さあ、早く」
落合「・・・」
車田「大丈夫・・・もう一度生き返れるんですもん」
落合「・・・」
車田「信じてますから」
落合「・・・」
車田「落合さんのこと・・・」
落合「え・・・」
車田「ずっと・・・」
落合「・・・」
車田「ずっと・・・」
そのとき
落合、車田の首を絞める
苦しむ車田
落合、渾身の力を振り絞って締め上げる
しかし
落合、その首を持って一気に引き離す
飛んでいく車田
転がるふたり
ふたりとも、息が荒い
落合「で・・・できるわけ・・・ないだろ・・・」
車田「(咳き込みながら)なんで・・」
落合「(息荒く)」
車田「なんでできないんですか!」
落合「・・・」
車田「落合さんは・・・最後ばっかり見ている」
落合「・・・最後・・・」
車田「あたしを殺しても・・・どうせ実験が敗するだろうからって・・・失敗したときのことばかり考えてる」
落合「そんなことはない」
車田「石橋はたたきすぎても、だめなんです」
落合「・・・」
車田「やりたかったことをやめないでください!」
落合「!」
車田、立ち上がってドアのところに行く
そして、ハケ口に行き、ドアを軽く、押す
落合「?」
ドアが開く
落合「な・・・なんでドアが開くの?」
車田「ドアを引こうとするから開かないんです。押せば開くんです。」
落合「・・・」
車田「落合さん、ほんとひとつのことしか考えないんですね」
落合「え」
車田「ま、そういう一本道なとこが落合さんのいいところでもあります」
車田、ドアのそばに立つ
車田「さあ、どうぞ」
落合「・・・」
車田「そろそろ休憩おわりですよね」
落合「・・・ああ」
車田「明日の朝までがんばって働いてください」
落合「・・・」
車田「あたしは、明日もお邪魔します。」
落合「・・・迷惑だなあ」
車田「ハンズでドアノブ買ってきますから」
落合「・・・」
車田「自分でやったことは自分で責任取ります」
落合「・・・明日は・・・たぶん休みだ・・・」
車田「え」
落合「・・・ひさしぶりに研究所に行ってみるから」
車田「ほんとですか?」
落合「(奥さんの棺のところをふりかえって)あいつに・・・いつまでも寒い思いさせたくないからな」
車田「・・・がんばってください」
落合「・・・君には感謝しないとな」
車田「なんにもしてませんよ」
落合「たった三十分の間に・・・あのときの熱をちょっとだけ思い出させてくれた」
車田「・・・ちょっとだけだったか・・・」
落合「それでも十分だ」
車田「もっと汗が出るくらい熱くさせたかったなあ」
落合「出てるよ」
車田「(落合のおでこあたりを見て)・・・照明のせいでしょ」
落合「いや、暖房のせいだ」
車田「ああいえばこういう・・・」
落合「いいクリスマスプレゼントだった」
車田「あたしはなんにももらえなかったですけどね」
落合「ウーロン茶サービスしただろ?」
車田「これだけ・・・?」
落合「これだけでも感謝しろ」
車田「・・・はい」
落合、はけようとする
そのとき
車田「あの」
落合「なんだ」
車田「最後にひとつだけ」
落合「・・・どうぞ」
車田「あたしが今日ここに来たのは、実験の再開をしてほしいってことと、あと・・・落合さんに会ったら、絶対言いたかった言葉があったんです」
落合「ほう、ぜひ聞きたいね」
車田「・・・いえ、もう口に出してはいけないんです」
落合「ふん、なんだそりゃ」
車田「さっき、いいそうになったんですけどね・・・」
落合「さっき・・・?」
車田「・・・」
落合「?」
車田「奥さんがもう一度立ったら・・・あたしのぶんもプラスして、もっと・・・もっともっと大切にしてくださいね」
落合「?」
車田「・・・そういうことです」
落合「・・・」
車田「はい」
車田、ドアのところに立つ
車田「実験の成功を祈ってます」
落合「・・・ああ」
車田「今日はありがとうございました」
車田、深々と礼をする
落合、それを見ながらハケようとするが
落合「終電やばいだろ?」
車田「・・・」
落合「君から行きなさい」
車田「・・・はい」
落合、車田を先に出させる
落合、見送りながらカプセルのほうをじっと見る
その気配で車田、止まる
じっと見ている落合
車田「レポートはまだまだ書き足らないですね」
落合、振り返る
車田、見る
そして、はけていく